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  幼い頃、祖母と従兄弟と一緒に自転車で長い坂道を登ってお墓詣りに出かけた。墓石が何百とあって、そのうちのひとつに、祖母の両親が眠っていた。灰色の墓石の中にまぎれる、真っ黒でつやつやした墓石だった。「これだけあるのだから、ひと目見てすぐわかるものがいい」という理由でこの色にしたのだという。

  その墓場の近くに、公園がある。公園といっても、あるのはジャングルジムと休憩スペースぐらいだけど。 休憩スペースに続く階段の真横には、緑色の壁があって、大きな丸がくり抜かれている。ここで顔を出しては従兄弟たちと笑いあっていた。もう、16、7年も前のことである。

 

  夏、と聞いて思い出すのは小学2年生の夏休みの夜である。父が単身赴任で関東に行っており、家には私と母、弟だけが残った。私の部屋のクーラーをつけて、母と弟と同じ部屋で寝ていた。

  寝つけなかった私は、母に「なんか話してや」と声をかけた。弟は眠っていたので、退屈だったのだ。母は、しばらく黙っていたけど「じゃあ、お母さんの昔の話をする」と言って話しだした。

  その内容を、22歳になった今でも、はっきり覚えている。

 

  女子高生のときの母は、おとなしい性格だが顔立ちが整っていたので他校の生徒が見にくるほど当時人気だったらしい。母に男友達はいたけれど、色恋沙汰に全く興味がなく(実際、大学のとき出会った父と結婚しており、それ以外の男とキスしたことすらない)、また家が厳しかったこともあり(ハイスペックな家系)、恋愛に疎かった。

 

  そんな母に、間接的にちょっかいをかける男の子がいたのだという。違うクラスで、母の男友達と仲が良かった(実際に存在しており、私は卒アルで顔を見たことがある)。

  母が男友達に頼まれて学祭の写真を撮っていたら、そこに無理に割り込んできたり、男友達と話しているので「なに話しよん?」と母が聞くと、くすっと笑ってなにも言わず去って行ったり…。当時の母からしたら、「なんだか苦手だけど気になる」程度だったらしい。

 

  けっきょくふたりは、卒業してから一度も会っていないし、連絡すら取らない。だけど、今思えばお互いがお互いのことを気にしていたのではないか。

 

  小学2年生の娘に話すには少し難しいものだけど、母の話には続きがある。そしてこの日から、母の奇行が始まり、私の人生も価値観も物事の捉え方もすべてガラッと変わってしまうのだけど、それはまたいつか。

  

創作 「心のすきま」①

 目が覚めると、とっくにお昼は過ぎていた。今日、何曜日だったっけ。仕事を無断で休んじゃった、と一瞬焦燥感で胸が締め付けられた。でも、一週間前に仕事を辞めたことを思い出して、パリッと硬直していた体が安堵してふにゃふにゃになっていった。目は開いているけど、顔を洗うとか、歯を磨くとか、そういう動作をするのに時間がかかる。普通の人間よりも私の時間はゆっくりダラダラと流れていくのだ。

 布団の上で天井を見て過ごすのも意外に面白い。うちの天井ってこんな色だったのね。築12年のアパートに一人暮らしを始めて、かれこれ6年になる。不便を感じていないし、新しい環境を求めていないので、引っ越しは今まで考えたことがなかった。こうしてまじまじ天井を見つめるのも仕事を辞めたおかげってわけだ。あ、あそこに染みがある。

 飽きたら今度はテーブルの上に並べられたお酒の空き缶と、化粧品と、雑誌を眺める。生活感溢れるというより、ただ小汚い、28歳の女の部屋だった。……28歳になるのか、私。あっというまに三十路が迫っている。それなのに、無職で、恋人もなしって。考えれば考えるほど現実は恐ろしい。だから逃げ出したかったのに。

 農家をやっている田舎の両親から、何件も着信が入っていることを、見て見ぬふりしている。大学を卒業して、こっちの小児科の事務で働きだしてから、なかなか帰省できなかった。仕事を辞めたんだということを話すと、「あなたそれでは心配だわ」と、昔から変わらない電話越しからの母の声に泣きそうになった。

 考えるのはやめよう。こんな時間に、女ひとりが泣いたって惨めなだけだ。

 のろのろと起き上がり、ティーシャツを脱いで、風呂場へ向かう。換気扇をまわしていなかったので、湿った匂いが立ち込めて吐きそうになった。

 

 

 美也子がいきなり家に来てもいいかと言うので、いいよと答えた。

 彼女は大学時代の友人で、一番仲が良かった。当時は恋人がいながらも他の男とホテルに行くような子だったけど、今は落ち着いて、結婚もして子どももいる。サバサバしていて潔くて自分の考えを持っている美也子が、私は好きだ。

 美也子は、一時間後にうちにやってきた。

 散らかっている私の部屋を見て「ひどいね」と言って苦笑する。そして「また痩せた?」と、私の頬を撫でた。28歳にもなって、女友達に触れられただけで涙が出そうになる。来てくれてありがとうと伝えると、美也子はなにも言わず、私を見つめた。

 

 

 大型トラックとの事故に遭ったのは、二か月前だった。ドライバーの居眠り運転が原因だった。私たちが乗っていた普通車は大破し、運転していた恋人の健吾は即死だった。ドライバーは三日後に亡くなった。

 意識を失っていた私が目を覚ましたのは、事故の一週間後だった。

 遠い田舎から両親と妹が来ていて、みんな泣いていた。包帯だらけの自分の体が重くて、声がぜんぜん出なかった。しばらく、健吾の死は私に伝えられなかった。ショックを受けるからと、両親が配慮してくれたのだろう。だから、私は、彼のお葬式に行けなかった。もちろんはっきり「生きている」と言われたわけじゃない。だけど「今はおまえ、自分の体を心配しなさい」と、父から説得されたのだ。健吾のことが気になったけど、きっと生きていると思っていた。見舞いに来られないのは、私よりも状態が悪いからだと。早く回復して、私が彼を支えようと。

 即死だとは、思わなかった。あんなに大きな事故だと思わなかった。

 美也子は泣いていた。病室でパニックになる私を押さえつける、看護師たちの手。それらをどういう気持ちで眺めていたんだろう。「どうして私だけ」と、何度も叫んでいた。誰に?誰にむかっての咆哮だったのか。

 

 

「休むってことは大事なのよ」

 私の部屋を片付けながら、美也子が言う。

「でも、こんなところに引きこもっていたら、病気になっちゃうわ」

 もうすでに、私は病気なのではないだろうか。美也子にそのまま尋ねると、彼女は眉間にシワを寄せて「確かに塞ぎこんではいるけれど。当然のことよ」と言った。当然のこと。恋人を失った人間なら、当然のこと。

 私生活が欠落しだした今、こうして外の人間と話すことに違和感を覚えるようになった。彼女の時間と、私の時間は、まるで違う。同じだけ流れているはずなのに、どうして。

 

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  台風の中、傘がなくて、無謀だけど飛び出した。出勤するのが嫌だったから、むしゃくしゃしていたから、思いきり雨を浴びた。昨日打たれた鎮静剤のせいで、右肩がかなり痛い。

  コンビニで650円のビニール傘を買ったけど、なんだこれ、ぜんぜん役に立たない。数秒で折れてしまった。悔しくて泣いてしまおうかと思ったけど、こんなに雨で濡れた顔では、涙は映えないと思ったのでやめた。

  電車に座るのはやめておいた。こんなびしょ濡れ…というより、水が絞れそうなほどの服で座るには、他の人に迷惑がかかると思ったから。

 

  けっきょく、服の何もかもを同僚に貸してもらった。家に帰って洗濯ものを回して干す。恋人のTシャツもあったので、丁寧にシワを伸ばした。

  憂鬱な日は何もしないに限る。なにもせず、だらだらと過ごす。頭を空っぽにして、なにも考えないようにして、無になる。家に帰って扉に鍵をかけると、外の世界が遮断される。私にとって、仕事とか上司とか書類とか、そういうのは全部無しになる。本当に実在しているのか?と思ってしまうほど。次の日になれば、嫌な現実がすぐそこにあるとわかってはいるけど。

 

  

 

  カーテンを開けると、いつも通りの青空があって、眩暈がした。耳にこびりついた蝉の鳴き声にも慣れて、すっかり夏色に染まってしまった。この季節になると、バカみたいにポケモンGOをしてポケモンを乱獲していた去年の夏を思い出す。モンスターボールを投げるのが下手で、友達に笑われた夏。レアなポケモンを逃してしまって、公共の場で叫んでいた。あんなこと、もう二度としない。

 

  休日は6時に目を覚ましてしまう。アラームをセットしていないのに、つくづく自分の体内時計に驚かされる。二度寝ができないので、そこまた苦しいところ。

  掃除機をかけるには早すぎる時間。アパートの他の住人たちの生活リズムがまるで把握できていないので、もしかしたら夜勤でお疲れになっている方もいるかもしれない。そんなときに、私の部屋の掃除機の音が睡眠を妨害しているとしたら、申し訳ないじゃないの。

 

  とりあえず昼過ぎまで待ってみることにする。それまで何をしよう?と、ぐるりと部屋を見渡してみる。特に汚くもなければキッチリしているわけでもない、私の部屋。

 

  8月生まれの恋人に少し早いプレゼントを送る。私はプレゼントってなんだか苦手だ。送るのも受け取るのも、なんだか気が重い。べつに、いるかいらないかとかそういうことではなく、「プレゼントなんて…」と思ってしまう。

  ちなみに私は手紙派だ。といっても渡す相手も限られているので、年に一度書くか書かないかだ。けど、もらった相手(10歳からの知り合い)は、目をウルウルさせて、柄にもなくとても嬉しそうだった。

  けど、恋人に手紙だけというのは、どうだろう…。(こう考えるのすら面倒くさい)

  自分がもらっておきながら、返したのが手紙だけというのも相手に悪い。けど何を渡すのか考えるのもけっこう疲れる。それに、一番疲れるのは、「これをもらって、はてさて相手が喜ぶのかどうか」を見極めることだ。まして相手は私より年上で、欲しいと思うなら自分で買っているだろうし。センスがない(というより、一般受けしない)から、私がいいと思ったものをあげていいのか。

  なんでみんな、あんなパーティなことしてるんだ。手作りの料理作ってプレゼント用意している時点でじゅうぶんパーティチックだ。

  私は、他人の誕生日でそんなにがんばりたくない!!!!

 

  ちなみに私は自分の誕生日ですら、気が重くなるタイプだ。(お祝いされたらどうしよう…とか思っちゃう)

  その人がひとつ歳を重ねることのなにがおめでたいのか。ここまでいってしまうとひねくれ者と思われてしまうかもしれないが、単純に不思議に思うだけ。あー、うぇぇっらうぇっ!

身近にある

 4か月ぶりに友人と会った。彼女と知り合って、もう7年にもなる。見た目も中身もまったく変わっていない彼女に会うことで、目まぐるしく変化していった自分の周りの環境、そして自分自身の状態が、ぜんぶ無しになった気がする。安心するのだ。どれほど苦しいことがあっても、周りが巻き込まれていっても、その子はいつも安定している。落ち着いている。まとっている雰囲気もぶれていない。自分をちゃんと持っているから、芯が強いのだ。

 私の話を聞きながら、彼女は冷静に、言葉を選んでいく。声をかけるタイミング、内容ですら、彼女は自然に気を遣ってくれているのだ。もっともそんな自覚、本人にはないのだろうけど。

 

 私のことばかり話してもつまらない。友人の4か月の話を聞きたい。でも、友人は生まれてこの方色恋沙汰に無縁だし、処女だし、どちらかというと遊びを苦手とする、真面目な子だ。予想通り、「私は何もなかったんだけど」と前置きしたあと、また言葉を選ぶように空白の時間が生まれた。

 そして、数秒後、「仲良しのグループの子が、亡くなったの」と言った。私は特に驚きもせず、「ああ、そう」と返事をした。不幸なことなのだが、私の周りはそういう話題が尽きない。亡くなっただの、襲われただの、死にたいだの、病院だの、非行だの、薬だの────。

「自殺だったの」と言う。自殺。これも私の身近に起きたことがある。この春も知り合いが一人、自ら命を絶った。「よくわからない。どうして死んじゃったのか、本当にわからない。よく死にたいって言っていたけど……冗談っぽかったし」躁鬱だったのかもしれない、と彼女は付け足す。周りがもっと気づいてあげれば、と彼女は悔やんでいた。助けられたかもね、と。

 

 べつに、しんみりしたわけじゃない。友人は、淡々とクラスメイトの死を受け入れているだけだ。就職活動が落ち着いたら、その子の実家に行こうと思っているらしい。その子に会うために。

 

 

ひとりだし

 アパートに住んでいる住民を、まだ一度も、ひとりも見かけていない。ベランダに吊るされた洗濯物、停めてある車、投函されはみ出しているチラシが、私以外にもこのアパートに人がいるということを決定づけている。

 

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 生活音が聴こえるたび、やっぱりほんの少しだけビクリとする。体に緊張が走る。ひとりの生活は楽だし、自由だけど、22年という歴史は絶対に消えたりしない。だれを恨むわけでもないし、だれも悪くはない。逃げなければ、目を逸らさなければ、自分がおかしくなってしまう。保身のために他者を犠牲するのは、あるいは何かをあきらめなければならないのは、当然のことだから。

 

 セックスをしているとき、恋人の汗ばんだ背中にペタリと手を這わせる。白くてきれいな彼の背中。スポーツをしている彼の体は細くて、ひきしまっていて、彫刻のようで。舌で、鎖骨から、首筋、頬まで舐め上げる。くすぐったいのか、おでこを撫でられてそれを制止し、彼はより動きを速める。

 終わったあと、眠るか、何事もなかったかのように「お腹すいたね」と会話が始まる。二人で出かけたり、美味しい物を食べたり、セックスしたり、映画を観たり。素直に幸せだと思えばいいのに、私はいまだに幸せに浸るのが辛い。苦しくなって、なにもかもぶち壊して、相手も自分を傷つけて、ぜんぶ無しにしてしまえと思う。冷静な今だから、あのときこういう感情なんだと考えられるけど、辛いときはぜんぜん、頭が回っていない。

 

 だれか、気づいてほしい。本当はぜんぜん大丈夫じゃないんだよってこと。苦しくて寂しくて辛くて死にたくて涙が止まらないってこと。「辛いことがあったら言って」って言われるから言うけど、でも言ったところで私は所詮ひとりだし。

「理解はできないな。想像はできるけど」