優しさ

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 タッパーと保冷剤をいきなり渡されて、「ん?」と目を合わせると、「ばぁちゃんが、おまえにって」と祖父に言われた。低くてしわがれた、落ち着いた声。お礼を言って受け取り、家の冷蔵庫に入れた。そのときは特に何も思わなかったけど、ひとりで、ぼんやり今日を振り返っているときに、じんわり瞼が熱くなる。ありがとう。ありがとう。もっと、言っておけばよかった。

 イチジクを、昔からうまく剥けなかった。

 どうやっても手がベタベタするし、味は好きなのに、なんだか白い汁も出て、若干それが空と土の味がするのだ。裂いて、実を舌で削り取りながら、秋の虫の聲を聴いた。

 

 大好きな友達の誕生日だったから、手紙を書いて、祖父にお願いして仕事帰りにその子の家に寄ってもらった。

 その子が家にいることはなんとなくわかっていたけれど、ポストに入れて、何も言わずに帰った。

  その日の夜に電話がかかってきた。私、その手紙のことを忘れていたから、いきなり涙ぐんだ声で「ありがとうね」と言われて、「なんのこと?」と口にしそうになった。少し間が空いて、「なに、泣いてんねん」と照れと愛しさの混じった返事をした。

 愛されていないと、数年前にあれだけ泣いた彼女が、別の意味で涙を流したことに、心の底からホッとした。同時に、もう、彼女に私は必要なくて、私も彼女がいなくてもべつに生きていけるんだということを思い知る。時間が流れていることは、明らかだった。

 あんなに一緒だったのになぁと、悲しむことすらなくなった。遠く、目を細めて、涼しい季節を私たちは迎える。

特になにも

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  苦しさや混乱が消えてくれているのは 、薬のせいだろうか。あんなに重くて、呼吸をすることすら痛みがあったのに、今はそれがない。

  まだ、何をするにしてもよいしょがいるし、朝は起きられず、お昼前出勤だし、人の多いところに行くと震えるし、まず外に行くことすら実は怖かったりする。

  だけど家事も少しずつできるようになってきたし、仕事も少しずつ時間が伸びてきているし、友達に会ってみようという気持ちになっている。もっとも、私が心配だからという理由で来てくれるんだけど。

 

 

  恋人と一昨日か昨日か、セックスした。二人とも次の日は仕事だったけど、そんなの、関係なかった。二人だけの時間が流れる。私の足の間に顔をうずめる彼が、なんだかおかしかった。

  終わったあと、いつも彼は彼の寝やすい体勢になるけど、この夜は私を抱きしめて、すぅっと寝入った。私も。

  そして朝、何度か私が動くとあやすように額を撫でたり、背中をさすったりしてくる。父親みたいだ、と思った。

 

  意外に元気なのかもしれない。そう思えることはいいことだと言われた。ただ、焦らないこと。母さんは私が一人暮らしをして「ほっとしてる」らしい。私が出て行って、気になって眠れないほどの対象がいなくなったので、安心しているのだ。私はもうあの家に帰らない。

 

「なんか、よかせ、かわいそうやん」

「よかせよりかわいそうな子、よっけおるわ」

「……よかせ、悲しそうじゃないやん。それがなんか、切ない。あたしにとって」

「……そう」

 

 

 

どこに向かうんだろう

 

 

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 自分はいま、どこに立っているんだろう。どこに向かっているんだろう。心療内科に通って、薬局で薬を買ったあと、あてもなくそのへんの道を歩いた。パーキングエリアの料金を気にすることもなく、心にかかる黒い雲みたいなものを抱えたまま、歩いていく。

 サンダルで足にマメができてしまった。泣きそうになった。

 どこに行けばいいのかわからなくて、それは、今からの自分の予定とかそういうのじゃなくて、将来的なことが含まれている。苦しい。早めに家に帰って、「心が疲れているから」ぼんやりその日を過ごす。

 でも、また朝がやってきて、今日をまた生きなきゃいけないって憂鬱になる。どうしちゃったんだろう。どうかどうかよくなりますように。

 

 

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  幼い頃、祖母と従兄弟と一緒に自転車で長い坂道を登ってお墓詣りに出かけた。墓石が何百とあって、そのうちのひとつに、祖母の両親が眠っていた。灰色の墓石の中にまぎれる、真っ黒でつやつやした墓石だった。「これだけあるのだから、ひと目見てすぐわかるものがいい」という理由でこの色にしたのだという。

  その墓場の近くに、公園がある。公園といっても、あるのはジャングルジムと休憩スペースぐらいだけど。 休憩スペースに続く階段の真横には、緑色の壁があって、大きな丸がくり抜かれている。ここで顔を出しては従兄弟たちと笑いあっていた。もう、16、7年も前のことである。

 

  夏、と聞いて思い出すのは小学2年生の夏休みの夜である。父が単身赴任で関東に行っており、家には私と母、弟だけが残った。私の部屋のクーラーをつけて、母と弟と同じ部屋で寝ていた。

  寝つけなかった私は、母に「なんか話してや」と声をかけた。弟は眠っていたので、退屈だったのだ。母は、しばらく黙っていたけど「じゃあ、お母さんの昔の話をする」と言って話しだした。

  その内容を、22歳になった今でも、はっきり覚えている。

 

  女子高生のときの母は、おとなしい性格だが顔立ちが整っていたので他校の生徒が見にくるほど当時人気だったらしい。母に男友達はいたけれど、色恋沙汰に全く興味がなく(実際、大学のとき出会った父と結婚しており、それ以外の男とキスしたことすらない)、また家が厳しかったこともあり(ハイスペックな家系)、恋愛に疎かった。

 

  そんな母に、間接的にちょっかいをかける男の子がいたのだという。違うクラスで、母の男友達と仲が良かった(実際に存在しており、私は卒アルで顔を見たことがある)。

  母が男友達に頼まれて学祭の写真を撮っていたら、そこに無理に割り込んできたり、男友達と話しているので「なに話しよん?」と母が聞くと、くすっと笑ってなにも言わず去って行ったり…。当時の母からしたら、「なんだか苦手だけど気になる」程度だったらしい。

 

  けっきょくふたりは、卒業してから一度も会っていないし、連絡すら取らない。だけど、今思えばお互いがお互いのことを気にしていたのではないか。

 

  小学2年生の娘に話すには少し難しいものだけど、母の話には続きがある。そしてこの日から、母の奇行が始まり、私の人生も価値観も物事の捉え方もすべてガラッと変わってしまうのだけど、それはまたいつか。

  

創作 「心のすきま」①

 目が覚めると、とっくにお昼は過ぎていた。今日、何曜日だったっけ。仕事を無断で休んじゃった、と一瞬焦燥感で胸が締め付けられた。でも、一週間前に仕事を辞めたことを思い出して、パリッと硬直していた体が安堵してふにゃふにゃになっていった。目は開いているけど、顔を洗うとか、歯を磨くとか、そういう動作をするのに時間がかかる。普通の人間よりも私の時間はゆっくりダラダラと流れていくのだ。

 布団の上で天井を見て過ごすのも意外に面白い。うちの天井ってこんな色だったのね。築12年のアパートに一人暮らしを始めて、かれこれ6年になる。不便を感じていないし、新しい環境を求めていないので、引っ越しは今まで考えたことがなかった。こうしてまじまじ天井を見つめるのも仕事を辞めたおかげってわけだ。あ、あそこに染みがある。

 飽きたら今度はテーブルの上に並べられたお酒の空き缶と、化粧品と、雑誌を眺める。生活感溢れるというより、ただ小汚い、28歳の女の部屋だった。……28歳になるのか、私。あっというまに三十路が迫っている。それなのに、無職で、恋人もなしって。考えれば考えるほど現実は恐ろしい。だから逃げ出したかったのに。

 農家をやっている田舎の両親から、何件も着信が入っていることを、見て見ぬふりしている。大学を卒業して、こっちの小児科の事務で働きだしてから、なかなか帰省できなかった。仕事を辞めたんだということを話すと、「あなたそれでは心配だわ」と、昔から変わらない電話越しからの母の声に泣きそうになった。

 考えるのはやめよう。こんな時間に、女ひとりが泣いたって惨めなだけだ。

 のろのろと起き上がり、ティーシャツを脱いで、風呂場へ向かう。換気扇をまわしていなかったので、湿った匂いが立ち込めて吐きそうになった。

 

 

 美也子がいきなり家に来てもいいかと言うので、いいよと答えた。

 彼女は大学時代の友人で、一番仲が良かった。当時は恋人がいながらも他の男とホテルに行くような子だったけど、今は落ち着いて、結婚もして子どももいる。サバサバしていて潔くて自分の考えを持っている美也子が、私は好きだ。

 美也子は、一時間後にうちにやってきた。

 散らかっている私の部屋を見て「ひどいね」と言って苦笑する。そして「また痩せた?」と、私の頬を撫でた。28歳にもなって、女友達に触れられただけで涙が出そうになる。来てくれてありがとうと伝えると、美也子はなにも言わず、私を見つめた。

 

 

 大型トラックとの事故に遭ったのは、二か月前だった。ドライバーの居眠り運転が原因だった。私たちが乗っていた普通車は大破し、運転していた恋人の健吾は即死だった。ドライバーは三日後に亡くなった。

 意識を失っていた私が目を覚ましたのは、事故の一週間後だった。

 遠い田舎から両親と妹が来ていて、みんな泣いていた。包帯だらけの自分の体が重くて、声がぜんぜん出なかった。しばらく、健吾の死は私に伝えられなかった。ショックを受けるからと、両親が配慮してくれたのだろう。だから、私は、彼のお葬式に行けなかった。もちろんはっきり「生きている」と言われたわけじゃない。だけど「今はおまえ、自分の体を心配しなさい」と、父から説得されたのだ。健吾のことが気になったけど、きっと生きていると思っていた。見舞いに来られないのは、私よりも状態が悪いからだと。早く回復して、私が彼を支えようと。

 即死だとは、思わなかった。あんなに大きな事故だと思わなかった。

 美也子は泣いていた。病室でパニックになる私を押さえつける、看護師たちの手。それらをどういう気持ちで眺めていたんだろう。「どうして私だけ」と、何度も叫んでいた。誰に?誰にむかっての咆哮だったのか。

 

 

「休むってことは大事なのよ」

 私の部屋を片付けながら、美也子が言う。

「でも、こんなところに引きこもっていたら、病気になっちゃうわ」

 もうすでに、私は病気なのではないだろうか。美也子にそのまま尋ねると、彼女は眉間にシワを寄せて「確かに塞ぎこんではいるけれど。当然のことよ」と言った。当然のこと。恋人を失った人間なら、当然のこと。

 私生活が欠落しだした今、こうして外の人間と話すことに違和感を覚えるようになった。彼女の時間と、私の時間は、まるで違う。同じだけ流れているはずなのに、どうして。

 

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  台風の中、傘がなくて、無謀だけど飛び出した。出勤するのが嫌だったから、むしゃくしゃしていたから、思いきり雨を浴びた。昨日打たれた鎮静剤のせいで、右肩がかなり痛い。

  コンビニで650円のビニール傘を買ったけど、なんだこれ、ぜんぜん役に立たない。数秒で折れてしまった。悔しくて泣いてしまおうかと思ったけど、こんなに雨で濡れた顔では、涙は映えないと思ったのでやめた。

  電車に座るのはやめておいた。こんなびしょ濡れ…というより、水が絞れそうなほどの服で座るには、他の人に迷惑がかかると思ったから。

 

  けっきょく、服の何もかもを同僚に貸してもらった。家に帰って洗濯ものを回して干す。恋人のTシャツもあったので、丁寧にシワを伸ばした。

  憂鬱な日は何もしないに限る。なにもせず、だらだらと過ごす。頭を空っぽにして、なにも考えないようにして、無になる。家に帰って扉に鍵をかけると、外の世界が遮断される。私にとって、仕事とか上司とか書類とか、そういうのは全部無しになる。本当に実在しているのか?と思ってしまうほど。次の日になれば、嫌な現実がすぐそこにあるとわかってはいるけど。