ペンペン

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 可愛いニット帽でしょう。お気に入りで、部屋にいるときでも被っていたいくらいなんだけど、さすがにどうかと思うのでやめておいた。雨が続いているので、お出かけをしない理由のひとつができて、少しホッとする休日。その傍らで、時間を持て余しているので、ペンペンと通話をする。

 お互いの近況を話したり、お互いがまったく別々のことをしていたり、自由な通話なので少しずつ日常化しつつある。だけど連絡がないのならないで、特に気にならないし、ふっとその存在を忘れることすらある。とても申し訳ないけれど。

 ひとりの時間を誰かと共有することは、嫌いじゃない。同じ時間を過ごしているのに、相手が近くにいないことを、ほんの少し不思議に思うくらいで。

 ひとりの夜を寂しく思う自分がなんだかお話の主人公になったみたいで、涙を流すほど苦しくても客観的にみると、少し気持ちがほぐれる。そういう余計な物事を考える余裕があればのことだけど。フィッシュマンズの「土曜日の夜」を聴きながら、わざとそういう気分にする。自分だけの世界に浸るために、あえて誰かと話をして、通話を切って、ひとりの夜に戻ってくる。あの瞬間、しんとした部屋のなか、自分だけの空間になる瞬間、私だけのための時間が返ってくる。

 

「どうやって決めたらいいかって。きみが頑張れるか、頑張れないか。それで決めたらええ」

「頑張れないからって……最初から諦めとることにならん?」

「その程度のことだってことやろ」

「違う。本気やで」

「なら、頑張ったらええやん。やるだけやってみんと、誰も結果なんてわからへん」

「死んだばあちゃんも?」

「死んだばあちゃんもや」

 

つまらないね

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 雨ばかりでさ。

 だけど袋をあけて、このパンを見たとき、「ああ、可愛い」って言葉が口から自然と出てきた。それだけで、希望に満ちている。私の生活は、希望でいっぱい、キラキラだ。ぜんぶ食べてしまって、この笑顔が私の体の一部になっているのなら、早く笑えばいいのにって、口角をあげてみる。笑え、笑え、笑え。

 あっけなく、食べ終わってしまった。人生もあっけなく過ぎて、気づけばおばあちゃんで、病室のベッドに寝転んでいて……っていう想像をすると恐ろしい。そこまで人生が続くの?っていう不安と、あっというますぎるでしょうという不満と。矛盾した気持ちになって、なんだか吐いちゃいそうだ。

 困ったことに、ぼんやりと一日が過ぎていく。刺激もなく、毎日が単調で彩りがない。書類仕事に追われる時間も、べつに嫌いではないけれど、気づけば夜が訪れて、今日の私とさよならしなきゃいけない。手を離さなきゃ。昨日の自分に恥じないように、今日を生きなきゃ。ばいばい、「おやすみ」

 

甘い物食べなきゃ

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 多くを考えすぎると疲れがたまるので、甘い物を食べながらダラダラしなきゃ。そう思ってあたたかい紅茶を飲んだ。フロリーングの床から足の裏に冷えが伝わって、あんなに寒かったのに、体の芯がいっきにぬくもった。つま先はどうだろうと思って触れてみると、どうしてだろう。冷たい。なんだか悲しくなったけど、もう考えないって決めたんだ、今日ぐらいいいじゃないかと思って、放棄した。もう、この体は冷たいままなのかな、なんて。

 

 なので昨日まで考えいたことを、ただがむしゃらに文章に起こしているだけなの。

 恋人とお別れをして、心細さはあるけれど、それを埋めるためには見知らぬ男を家に連れ込んでしまう自分の愚かさに笑ってしまった。でも、本当に、何もないの。キスすら。もともと男にふられて、見知らぬ男とその夜にセックスをするなんて、私らしくない行為(あくまで私自身はそういうことをしない。あなたたちはどう?)なので、ただ、目と目を見て、相手の雰囲気を感じながら、話がしたかっただけ。寂しかったと、よく人は言うけれど、確かにそれもあった。私は、ずっと寂しい。恋人がいても、ずっと寂しいの。

 その翌日にホテルに行こうと誘ってきて、たまたま別の予定があったことと、「誰でもいいなんて、最低ね。やっぱりこういう人だよね」と一瞬冷めてしまったことで、そのお誘いは断った。「他をあたって。でもきみのことは気になっている。私が本当にきみに抱かれたいときに誘うね」と。こちらだって、プライドはあるのだ。軽い女、簡単な女だなんて思われたくない。そんな意地があったのだ。

 

 でも、でもね。抱きしめてくれないこの体に一体何の価値があるのだろう。

 誰からも求められず、愛されず、甘やかされない、女の体。私の満たされない寂しさは、もうどんなに幸せな時間がきても絶対に埋まることはないのだ。だって、その寂しさはセックスに依存しているとか、恋多き人生だとか、そういうもので埋まらないから。もっと、もっと、幼いころの、お母さんとお父さんとの戻らない時間。私をなんの汚れもない心で抱きしめてくれていた、両親への思いだから。そしてその思いは何度も砕かれて、こちらがいくらあがいても、取り戻すことはできないものだった。

 

 だから、抱きしめてもらいたい。甘やかしてほしい。子どもみたいに。

 私という存在を認めて、拒まず、受け入れてもらいたい。年老いた祖父母に苦しむ姿を見られて、それに涙する二人を見て、後悔した。私の母が壊れていく様を、ずっと泣いて見てきた私のような思いをさせてしまったと。ごめんなさいと。

 

 ホテルに行こう、と昨夜の返事とは一変している私の言葉に、彼はいっさいのからかいもなく、「また予定のない日に」と返ってきた。

 抱かれる自分を想像して、なんだか元気が出てきた。おかしい話だけど。やっぱり人間というのは面白い。私自身が一番面白い。こんなにコロコロ心が変わって、涙も出るし、笑えるし、落ち込めるし、一日で何度いろいろ気持ちが二転三転するのだと思う。

 …………ああ、もう。(笑)

 

 甘いもの食べなきゃ。

 

「こういうの、どう思う?」

「あなたのやりたいように…すればいいと思いますよ」

「そうやろね。決めるのは自分やんな」

「はい」

「あー、じゃあ、抱かれるわ!」

「はい、頑張りましょう」

 

ぽっかり

 朝方に何度も目を覚ます。ひどく怖い夢を見たせいかもしれないし、開いた窓からの風が冷たいせいなのかも。アイフォンのホーム画面を見ると4時だった。深く眠ることができず、それに苛立ちながら目を閉じる。時間だけが流れていく。きっと、10分も経ってないんだろうなと思った。

 

 恋人に別れたいですと言われた。べつにかまわないと思った。むしろ、恋人っぽくなくて、どちらかというとなし崩しな関係に近かったから、「別れる」という言葉が合っていない気もした。私も何度も頭をかすめた、その言葉。もう体を重ねないし、部屋にも行かないし、一緒に眠ることもない。

 その日々が、恋愛として彩られてはいなかったけど、ごく普通の、まるで兄妹のような関係が気に入っていたから。それがなくなることが怖くて、恋人という関係をやめたいということを、自分から言えなかった。勇気がなかったの、私も。

 失恋したーって泣くことはなかったけど、私に興味がなかったからこそ、自分の弱さを見せれたし、欠点をさらけ出せた。一人暮らしも、彼がいなければ絶対にできていなかった。精神的にも、いろいろな手続きのことも、家具を何往復かして私の新居に運んだことも。眠っているとき、私の自傷行為を止めてくれた。それは、彼にとってはべつに大したことじゃなかったかもしれないけど、私の周りにそんな人はいなかったから。干渉せず、関係ないと言いつつ、優しくしてきて、今思えばずるくて、一番苦手なタイプだったかもしされない。

 だからこそ、好きでもなかったからこそ、心地よかった。嫉妬することもなく、互いを気にすることもなく、興味もなく。そんな彼の存在は、しっくりするほど馴染んでいた。

 喪失感はある。けれど、去年の10月のように、胸が痛くて涙が止まらなくて、ずっと泣いていたようなことにはならない。

 成長したわけじゃない。恋愛をしていたかしていなかったかの違いで。何も変わっていない。私は、ぜんぜん、平気じゃない。

 

「別れたんやけど」

「ええやん。フリーの方が楽しいやん」

「んー…んー…うーーーーん」

 

創作 「心のすきま」④

 電話越しで答えに追いつかない質問をぶつけてくる両親への言い訳とか、子どもみたいに淡島に手をひかれて改札口を通るときの羞恥心とか、これからどうなるのかわからない賭けみたいな自分の人生とか、なんだかいろいろなことが、他人事のようだった。

 電話でどもっている私に「代わって」と言って、少し離れたところで私の両親と話す淡島は、なんだか、保護者みたいだった。なにを話しているのか聞こえなかったけど、淡島の言葉でうちの両親はなぜだか納得したらしく、電源を切った携帯が返された。美也子のイトコを名乗るこの男は、私の両親とも面識があるのだろうか。……あるはずないか。

「どんなペテンを使ったの」

「べつに。柊花のご両親が理解ある寛大な心を持っているってだけだよ」

 淡島が笑う。つられて笑いそうになったけど、バカにされたような気がしたので、そのまますうっと表情が消えていった。自分の表情筋は働いているのだろうか。ほっぺを触ってみるけど、そこには冷たい、女の肌があるだけだ。

「電車に乗って、揺られて、少ししたら俺の家だから」

「私、本当に何もないのよ」

 持ってきたのは、少しの衣類と化粧品と通帳とハンコと財布。あと細々したもの。実家にあるので、家具や家電は売ってしまった。淡島は「いいよ」と答えた。10月だというのに、電車のなかは冷房でやけに寒かった。乗客の視線が、私に注がれているのがわかる。目の下に痣のような隈を作って、化粧っけもない、ボサボサの髪をただひとつに結んだ、貧相で輝きのない私を。隣に座る淡島は、恥ずかしくないのだろうか。こんな私と一緒にいることが。

「いくつか訊いてもいい?」

「どうぞ」

 淡島の切れ長な瞳が私を捉えた。この人、すごくきれいな顔をしている。

「下の名前はなんていうの?」

「ミナト。漢字はなくて、カタカナ」

「いくつ?」

「25歳」

「私、これから本当にきみと住むの?」

「そうだよ」

「美也子から、私のことをどういうふうに聞いているの?」

 美也子のことだから、あまり人のことをベラベラ話すようには思えない。

「俺と似ている子がいるって、最初はそんな感じ」

「どういう点で、私ときみが似ているって思うのかな」

 それには答えなかった。きっと答えられなかったんだと思う。そんなの、客観的な美也子の意見なので、淡島にもわからないのだろう。

「大学時代からの親友。お酒に弱くて、若干世間知らず。タイプは違うのになぜか気が合う、とても大事な友人」

 美也子が心の底からそう言ってくれていることに、涙が出そうになった。彼女の態度には虚偽がない。たとえ美也子に、私に言えない秘密があったとしても、それを勘繰らせないような振る舞いをするだろう。それほど美也子は裏表がなく、隠すべき秘密は完璧に隠す女性なのだ。

「その美也子が暗い顔で、あんたのことを心配していた。俺は、あんたに会ってみたいと思った。……それだけ」

 それだけのはずがない。きっと彼は自分の気持ちを言葉にすることに関心がないのだろう。最低限の言葉だけを言って、相手が理解できなくても、勝手に会話を断ち切る。私が彼に興味をあまり持てないのも、その彼の態度や雰囲気のせいかもしれない。これからどこに住むのかとか、私の未来とか、そういうことをいま真剣に、冷静に、考えられるほど私の頭はうまく機能していないのだ。心も、そうだし。

 年下の男の子についていって、襲われでもしたらどうしましょうとか、そういうのも、ふと頭によぎるけれど水のように零れていく。もう守るべきものが私にはないのだと、改めて感じた。私、そうか、自分のことどうでもいいんだ。

 この淡島の言葉ひとつで自分の将来を投げ出せるほど、私はいま、心に隙間がある。そこからポロポロ感情とか、今までの煌きも落っこちちゃって、こんなふうになってしまっているんだ。

──俺があんたを助けるから。

 助けるという言葉を信用したわけじゃない。小僧になにができる、私は恋人を亡くして、この年で無職なんだぞ。そんな私を、きみが、どうにかできるっていうの。ボロボロの私を前にして、目を逸らさずに「助ける」という言葉を発したこの男が、奇妙でならない。よく言えたな、子どもだからかしら、と思ってしまう。あんがい私もひねくれている。現に外の世界に出られているのは、この男の手のぬくもりがあるからだというのに。

悲しいよね

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 本当に些細なことなんだ。友達との予定をキャンセルされただけのこと。課題が忙しいんだって。しょうがない。私には彼女の余裕の無さがわからないし、彼女の代わりに課題をやってあげることもできない。でも、楽しみにしていたの。本当だよ。楽しみにしていたの。だから、少しだけガッカリしちゃったの。頑張っているあなたに、心から「頑張れ」が言えなかったの。そんな小さな自分が悲しい。

 守られたいと思う。弱さを主張しているわけではないけれど、心が幼くて、まだ子どものままで時間が止まっているような気がする。恋人にとかではなく、確かなものに、例えば両親に。

  それが無理なので、私は今日も胎児のように丸くなって、自分を守る。羊水で浮いていた、いっさいのストレスや外敵から守られていたあの頃。記憶なんてないけど、たしかに私は簡単に死なせることのできる赤子だった。この世に生まれて息を吸って涙を流して、みんなそうやって生まれてきたはずなのに、どうしてこんなにも生き方や考え方や価値観が違うんだろう。

 コピーしちゃいたい。憧れのあの人の人生をコピーして、私のものにしてしまいたい。そんなことを考えながら眠る夜なんて、幸せじゃない。だからできるだけ、自分のことで自分が悲しくならないように、私は目の前の誰かに向かって私のことを話し続ける。

  夜は長いようで短い。ふわふわとした時間になってほしい。今夜も。

 

 

「周りと違うことって、特別ではないんやで」

「せやな」

「みんな普通やねん。みんな、おかしいねん」

「…せやな」

「やから、特別やねん。みーんな」

「………ええこと言うやん」

「酔ってるからな」

子どもみたいに


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 島にきた。

 のどかな波の音と、風と、光。ここには音がたくさんあるのに、やけに静かだと思った。静かで、生命力に満ちていて、力強い。透明の空気を吸い込んで、肺の底まで綺麗になれた気がした。

「こういうところで、ひとりで住んで、死にたい」と笑いながら言った。「35歳ぐらいで、死にたい」と。私の心の内を、さらりとさらけ出しても許されるような、受けとめてくれるような、そんな感覚にさせてくれる。目に見えない力が、なにかそこにあるんじゃないかとすら思った。

 こういうところは、同じような共感を得てくれるか、私の感じた言葉にできない感情を受け止めてくれる人と行きたかった、とこっそり思った。恋人は「目に見えるものだけしか信じない」といった人なので、私のなかで渦巻く力強いこの感情を彼に伝えなかった。

 恋人は、子どもみたいにはしゃぐ私を日陰から眺めている。自分が行きたいと言ったから私がついてきたのだけど(私は基本、その人の行きたいところに行く)、私のほうが写真をたくさん撮って、島を感じていたように思う。

 さびれた遊具で童心にかえりながら遊ぶ。私はこの島に来たことがないのに、どうして懐かしいと思えるんだろう。「きみといつか会った?」遊具に話しかける私を、恋人が苦笑しながら「変だから」と言う。変だから。そうかも。私は、どうかしているのかもしれない。恋人と手をひいて、まるで、私たちは指名手配犯でこの島に逃げてきたみたいだね。「おやすみプンプンの読みすぎかいな」とまた私が独り言。それは彼には聞こえていなかったみたいだ。

 

「光が、さあ、眩しいやん。頑張らんでもええのにね」

「何を、頑張ってるの」

「え?……光るのを」

「ふふふ」