しとしと落ちる

創作、雑多、日記

はろーはろー、お久しぶり。

 まずは、お久しぶり。

前回のハルウララから、何年が経っただろうか。いまはなんと、2026年のGW真っ只中。一気にタイムスリップしたみたいな感覚だけど、それなりに一日は密で、濃いものだったように思う。

 4年前にお腹にいた子は、今月で4歳を迎える。とても元気でわんぱくで、体を動かすことが大好きな男の子。それと同じぐらい、粘土とお絵描きが好き。グミやラムネが大好きで、体に悪そうな色をしたものを好み、よく買わされている。苦手なものはあるけれど、オエッと言いながらも食べきる。お友だちと遊ぶことも好きで、休みの日は誘い合って遊んでいる。

 話が前後するけれど、この一人目の子が11ヶ月の時に、私は再就職をする。正社員としてバリバリ働いて、それなりにしんどい時期も多々あったけど、家族全員で乗り越えてきたし、なんだかんだ充実した毎日を送っていた。

 そして、ねえ、信じられる?

 なんと、私にもう一人、子どもがいる。

 この子は今月1歳になる。そして私は育休中である。4年という月日でここまで変わるのかと、私自身びっくりしている。

 話を戻すけれど、現在子ども二人と旦那と、毎日体力ゲージを削りながらも、ゲラゲラ笑ったりブチギレたりして毎日を過ごしている。今も、私は下の子の寝息を聞きながらこれを書いている。上の子は別室で寝ている。

 ちなみに、このブログに最初に書いた記事に登場する私の祖母は、今だに元気である。しっかり会話もできる。祖母より、祖父はかなり認知症が進んでしまい、老人ホームにいる。祖母は毎日自転車でこの老人ホームに通い、祖父と会っている。

 あとなんだろう。この4年で変わったこと。

 コロナは当たり前になったし、総理大臣は初の女性総理になった。お米がすごく高くなった時期もあったし、猛暑が酷暑という言われ方をするようにもなった。

 ……他にも変わったことはたくさんあるはずだけど、思い浮かばないや。

 

 このはてなブログを開設した頃の私。

 人生どん底で、かなり辛い時期だったと思うけれど、そこから7年後の今、私は元気でやっています。時々、感情が上手くコントロールできなくて後悔することもあるけれど、その時間はぐっと減ったように思う。

 あと、信じられないかもだけれど、煙草を辞めました。あんなに吸っていたのにね。

 これは二人目を出産して、数ヶ月後の夏に辞めました。煙草に行くことができなくて、それでイライラしちゃうから、思い切って辞めてみたら辞められたよ。何かの拍子でまた吸うかもしれない。でもアイコスは要らないかな。紙がいい。

 

 また、思い出したらブログを書くかもしれない。書かないかもしれない。誰に向けての内容なのかも分からないけれど。

 とりあえず、今日はここまで。

ハルウララ

 一時は半袖でも差し支えないほどの日和だったのに、なぜかガクンと気温が下がってしまって、鼻風邪を引いた。コロナに侵食されたおよそ1ヶ月後の出来事である。鼻づまりが治らず、頻尿も合わさって、夜中に目が覚めると寝付くことがますます難しかった。鼻を噛むと少量の鼻血がティッシュについて、朝の化粧の時間がおしてしまい、片方の穴にティッシュを詰め込み口呼吸をしながら準備していた先週。仕事も忙しすぎて、常にあちこちに気を張っていなければいけない状態におかれ、脳の血管が切れるのではないか、もしそうなったとしたらつぅーと静かに鼻血が垂れて、後ろに倒れるのかななどと馬鹿みたいなことを考えた。もしやこの鼻血は、血管がすり減っているサイン⁉︎

 そんなありえないことが頭に浮かぶほど忙殺されていた先週をなんとか乗り切り、「あなたたち、今このタイミングでそれを言いますか?やるのは私たちですよね」な発言をぶっかましてきた上司たちを想像上で殴り飛ばした今週を終え、なんとか。

 仕事を辞めた。

 そう、仕事を辞めたのである。それも円満退社。お子も私の解放感と清々しさが伝わっているのか、腹の中で大暴れしている。挨拶やらプレゼントの受け渡しやらを済ませ、やっと終わったという安堵と若干の寂しさを胸に、家に帰ってきた。もうすぐで9ヶ月になるのだが、準備という準備をほとんどしていない。西松屋で買ったものが部屋の隅にそのまま置かれている。

 正直にいうと、まだあまり実感はない。

 仕事を辞めたことも、腹の中にいる子が出てくるということも。私のことなのに、私自身の輪郭がぼやけているようになる。そんなので大丈夫かと問うけれど、誰だって初めてのことに不安は付き物だし、やってみないとわからないから。「お仕事お疲れ様。ゆっくり休んでね」と、私の鼻風邪がうつった旦那にぽんっと頭を撫でられた昨夜。とりあえず今は、ゆっくり休もう。6年間、お疲れ様でございました私。

いつかの思い出話として

 妊娠7ヶ月目も終わりを迎えようかというころ、某ウイルスが私の身体に入ってきた。ついにきたか、と思い持てる免疫すべての効力を発動させて、某ウイルスを撃退……というわけにはすんなりいかなかった。名前を言ってはいけない例のあの人みたいな扱いをしているが、別になんてことはない、コロナである。

 妊娠中期。ワクチン未接種。喫煙歴バリバリ有り。年明けから上昇して収拾がつかなくなっている感染者数を見ていると、「いつかは感染するだろう」と、覚悟ないし諦めに変わり、感染対策はしていたものの、もういっそ一度感染してしまった方が気持ちが楽になるのではないかという思いすらあった。私の職業柄、コロナを気にしていたら気持ちがもたないのだ。

 某日。朝目が覚めて、やけに喉が乾燥していることに気づく。痛みも咳もなく、ただ軽い不快感があった。白湯を飲みながら仕事をこなし、帰りに龍角散を買って舐めるとマシになった。

 次の日、喉の乾燥はあったが龍角散を舐めながら出勤。2時間後に酷い寒気と発熱に襲われ、早退。そこからはあっという間に体温も39度近くまで上がり、病院の駐車場で検査をして1時間後には陽性者として保健所に情報が渡され、あれよあれよというまに寝室に隔離されたというわけである(仕事を早退した旦那によって)。妊婦でも飲める解熱剤を飲むと、熱は一気に下がったが、全身の関節痛と倦怠感が酷く、ゾンビのようになっていた。

 それでもさらに次の日には咳と鼻づまり程度になり、寝室にて「暇だ暇だ」と嘆いては、活発すぎる胎動の相手をして時間を過ごすしかなく。私の後に次々と感染した同僚や先輩と通話しながら、日々を送ったのだった。個人的にコロナよりも悪阻の方が辛かったのだが、お腹の中の人はそれを知る由もないので、産まれてからいつかの思い出話として語り聞かせてみよう。

布団の中で

 子宮の中で動き回る子の存在を確かに感じながら、慎重に日々を過ごしてきた。何をするにも過敏になって、気にかけの言葉すら煩わしく感じ、日毎に変化する自身の体に愛おしさと畏怖の念を抱いた。最近は胎動を認知しだして、くすぐるような弾けるような感覚があるたびに、そっと撫でている。掌にあたる確かな衝撃。早く母は貴方に会いたい。

 

 年末の大掃除を片付けてから、年越しと年明けの買い物に行き、お互いの家族への菓子折りを選んだ。毎年、年末のガキ使を楽しみにしていた旦那は、今年それがないと知るとがっくりと肩を落とした。大きな体が子どものように縮まる。バラエティの面白さがまるで分からない私は、手に持った金時人参が某ディズニー映画に出てくる雪だるまの鼻のようだと話し、そのまま車に乗り込んだ。空は灰色で、肌が細かく裂かれるのではないかと錯覚するほど風は冷たい。運転する旦那の鼻歌を聴きながら、帰ってから楽しむゲームの攻略サイトを眺めていた。

 

 布団の中が温かくなるまで、旦那にはそばにいてもらう。私より体温が高い彼は、湯たんぽがわりになる。妊娠してからセックスをしていないので、夫婦間での触れ合いが減ってしまった。それが寂しいので、入浴後の保湿クリームを塗る作業を時々旦那にやってもらっている。乳房やお尻は特に時間をかけるため、一人でした方が早く終わる。だけど、下心見え見えの手つきも、お腹に触れる時の胎児を慈しむ手つきもどちらも心地良い。

 布団の中が温まると眠気が襲ってくる。意識を手放す寸前、おやすみ、と実際に言葉に出して伝える。お腹にころんっとした感覚があったから。

 

 今年最後の日という実感が湧かないまま、大晦日をむかえてしまった。年越しうどんの準備の前にリビングの暖房をつけないと。そう思っても布団が充分温まっているので、寝室から出られない。そうこうしていたら、空腹でお腹が鳴る。忙しい体だ。生きている証拠。ありがとう、これからも。

 

 

夜のテンションでひたすら呟く。

    遠くで鈴の音のような虫の鳴き声を聞いていると、一人で布団に入っていることが落ち着かなくなる。足をもぞもぞさせると、親指の内側にできているタコが擦りあって、少し痛い。扇風機で送られる風は生温いけれど、素肌にあたるとそれなりに涼しさは感じられる。本来なら時間がかかるはずのゲームのレベル上げも、『ガンガンいこうぜ』を選択していれば勝手にやってくれるから、気づけば主人公はLv.91になっていた。私も『ガンガンいこうぜ』を選択してイージーモードで生きていきたい。でも、ゲームもリアルも、気づけばHPが赤くなっていたから、回復魔法は必須だということか。ベホマ

  今までの話のくだりが分からない方は、分からないままでいいと思う。ひたすらモンスターを倒し、経験値を得て、スキルパネルを開放させていく一連の作業に、私は今日も勤しんでいた。私自身の糧にはなっていないんだけど、それでも。裏ボス殲滅の楽しみはとっておいて、クエスト受注とクリアの寄り道の真っ最中。気づけば8月も終わりかけ。日中は照りつける日差しだけが夏を残している。安いバニラアイスより、ハーゲンダッツが食べたいと所望する。マカデミアナッツかラムレーズンの二択だけど、みんなはどの味が好きなんだろう。

  最近、知り合いが夢に出てくることが多い。なかなか会えない世の中だからか。横ばいどころか日に日に増えている数字を見ては、肩を落としていたのに。いつのまにか何も感じなくなってしまった。明日は我が身の精神で家から極力出ないようにはしているが、それが前述したゲームの成果に如実に表れているな。

  スーパーで適当に選んだ米が思いの外高額で、レシートを見た時に「!?」とパニックになったけれど、たまには美味い米が食卓に出たっていいじゃないかと落ち着かせた。結果、あまり味の違いが分からなかったので、損をした気分になる。せっかく食費を抑えていたのにと後悔すら湧いてきて、米に文句を言ってみたときに、理科の授業か何かで植物に汚い言葉を言うと枯れていく、言葉は言霊だ、と教わった記憶が蘇った。言葉は言霊。なるほど、一理ある。頑張った自分をうんと甘やかすために、私はハーゲンダッツをたくさん食べることに決めた。

 

私は蝉が嫌いだ

 小学5年生の夏休み。自由研究のネタがなく、ほとほと私は困っていた。スライム作りや10円玉をツヤツヤにする方法、朝顔の観察など、みんながやっていそうな研究は、既に5年生になるまでにやり尽くしていた記憶がある。白い画用紙に写真を貼ったり、研究に至った経緯や方法や結果をまとめて書いたりと、とにかく自由研究一つに対しての費やす労力と時間が大きすぎて、もうほとほと困っていた。簡単なものがいい。でも簡単すぎても他の友達が張り切ったものをしていたら、手を抜いたと思われるかも…。そんなことを、クーラーの効いた涼しい部屋でボケーと考えていた。

 そんな私を見かねて、母が「蝉を育てるんは?」と提案し、蝉なんて可愛くもないものを育ててどうするんだと思ったけれど、登校日まで日がなかったので、変にやる気の母と一緒に、近くの神社へ蝉探しに出かけた。

 ガシャガシャミンミンと賑やかな神社で、虫網と虫かごを持って、羽化する前の蝉を探す。木の、低いところにくっついているらしいと、母が目を凝らしながら木を一本一本見ていく。だからどうして貴女はそんなにやる気なのか、童心に返って虫とりを楽しんでいるのか、虫網を振り回す母の姿を少し引いた所で眺めていた。一緒に来ていた弟は、自分の虫かごに、捕獲した蝉をあり得ないほど入れていて、行き場のない蝉たちが苦しそうにジィジィともがいていた。

 けっきょく、昼間に羽化する前の蝉は見つけられず、その日の晩に祖母の家で蝉を捕獲した。穴から出てきて、のそのそと木に登るそれを捕まえたのは弟だった。

 家に戻り、玄関の網戸に蝉をくっつける。写真を撮って、この子が殻を脱ぐのを待つことにした。

 その日の夜に、母の興奮した声が聞こえて弟と一階に降りた。指差された方を見ると、捕まえた蝉が殻を破って、なんとも、緑色に光り輝いていたのだ。羽は透明に近い緑の葉っぱのようで、皺が葉脈のように見えた。明かりをつけたら、この神秘的な色合いが映えないと、フラッシュを焚いて写真を撮る。みんな、ヒソヒソ声で話していた。ゆっくりと殻を破る蝉は驚くほど静かで、本当にこの弱々しい小さな生き物が、あれだけ賑やかになるのかと不思議に思った。

 その次の日、朝起きて真っ先に玄関に向かったが、抜け殻がくっついているだけで、緑色の蝉はいなかった。どこへ行ってしまったのかと、視線をぐるりと天井に向かわせると、隅に、真っ黒い蝉がいた。まさか、昨日のお前なのか?と子どもながらに心の中で問いかけたのを覚えている。あんなに濡れていて、薄くて、弱々しかったというのに。目を逸らさずに、玄関に立てかけていた虫網で、天井の蝉を捕獲しようとしたが、思い切り空振り。

 あの、鳥肌の立つような乾いた鳴き声をギャアギャアとあげながら、壁に突撃し、鏡にぶつかり、千鳥足さながらヨタヨタと飛び回る蝉に、こちらも好奇心より恐怖心が優った。もう悲鳴をあげて一人で狼狽えながら、必死で弟を呼んだ。もう怖くて怖くてしょうがなかったのだ。けっきょく、その蝉は母が捕まえて、写真を撮り、そのまま流した。

 あの時の蝉は、当たり前だけど、もうこの世にはいないだろう。

 写真を現像し、画用紙に貼り付けて、なるだけ書く量を減らしたいが故に大きな文字で『自由研究〜蝉が羽化するまで〜』とタイトルを書いた。夏休み明け、みんながそれぞれ宿題を持って、日焼けした肌で登校してくる。隣の男の子が台風について研究していたので、それをぼんやり読んでいると「読むなや」と睨まれた。ついでに「何やってきたん?」と訊かれたので、「蝉」と短く答え、自由研究を見せると「うわあ、めっちゃ緑やな」と目を丸くさせていた。

 その男の子も、今では私と同じ26歳で。最後に会ったのは10年前。指に刺青を入れて、耳にもたくさんピアスをあけていた。噂によると10代で子供ができてシングルファザーになり、色々分け合って地元を離れ、都会でけっこう派手な生活をしているらしい。そこから消息が掴めていない。

 夏になると思い出す。嫌いな蝉について研究したこと。私が好きだった、隣の男の子のことを。

木枯らし。

■痒い話。

 私は7時間以上睡眠をとらないと、朝に頭がぼんやりするタイプだ。7時間でも寝足りないかもしれない。欲を言えば8時間以上は寝たい。頭が冴えないのならまだいいけれど、疲れが溜まって色々なところに顕著に現れる体質。1年前、夜中にひどい痒みで寝られず発狂しかけて、翌朝に頭皮や耳たぶまで蕁麻疹が現れた。麻雀による寝不足の為、中度の蕁麻疹になったのだ。

 また最近(というかたまになる)では、膣カンジタにもなった。膣カンジタ。女性なら経験したことがある方もいるかもしれない。人間なら誰もが持っているカンジタ菌というカビがなんらかの要因によって増殖する病気。私の場合はやはりこれも寝不足であった。もう痒すぎてこちらもまた発狂しかけていたが、自然治癒では今回辛抱たまらず、産婦人科に行った。率直に冷徹にハキハキと真実のみを仰る医者先生から「カビが生えてるわ、すぐ治るわ」と言われ、膣内を洗浄、薬をはめられた。質問に受け答えしている間に終わった。10分もしないうちに痒みがなくなったので、早くここに行けば良かったと、男性に大股を広げる羞恥心も感じさせぬてきぱきとした治療後、満身創痍のなか放心状態になりながらも思ったのである。こんな経験を得て分かったことは、私は、疲労が溜まると体のどこかに痒みが出やすい体質なのだということ。

 では一体何に疲れているのか。これが自分でもわからないが、特別これといった要因があるわけでもなく、結局はただの寝不足(それでも普通の社会人からしてみれば割とよく寝ている方なのですが)によるものだと思う。

 よって、22時には布団に入る様にしているのだが、それでは平日の仕事終わり、家事や炊事やその他もろもろの事をしている私にとって、私だけの時間なんてものは存在しているのだろうか。一息ついたときには、就寝時間まで1時間きっている!なんてこともある。眠って疲れを取りたいのに、その睡眠時間によって自分の時間が失われていく悪循環…!!!もうどうすればいいのかと、平均睡眠時間5.5時間(よかせ調べ)の主人に聞くと、「寝たら明日が来るから、俺は寝ない」という非常に参考にならない答えをいただいてしまって苦笑いしかできないでいる(ちなみに主人は私より遅く寝て、私より遅く起きている)。結局、私は自分の時間より睡眠時間の方が貴重であり、主人は自分の時間の方が睡眠時間より優先されるべきものだという、個々の違いというありきたりな答えしか出なかった。南無。