しとしと落ちる

創作、雑多、日記

  そこに海があった。いつもより慎重な運転で車を走らせる。カーブと坂の多い山道で、ほぼ一車線、信号はない、人間とイノシシはいる(イノシシは実際に見たことがないので、いつ瓜坊が畑の作物を求めて走ってくるかわからず、やけにそちらを気にしていた)。墓石や石の彫刻が有名なその町は、海が近くて潮の香りがほのかに漂う。何度か来たことがある。幼なじみが別荘をここに持っていて、小学生の頃は毎年のように連れてきてもらった。あのとき波に流されたスイカのビーチボールは、今どこを旅しているんだろう。

  片手に、甘い色の包装紙で丁寧に包まれた洋菓子を持って、べつに緊張もせず、「はじめまして」と彼の父に挨拶をした。目元が、よく似ていた。柔らかい表情、落ち着く口調、私たちは色んなことを話した。

  日が落ちて、そろそろ帰りますと腰を上げる。家を出て駐車場へ向かう途中、暗くて大きな海を見た。昼間は「ああ、海だ」ということしか思わなかったけれど、なぜか夜の方が存在感があって、揺れる闇に飲み込まれそうになる。ぽつぽつとある街灯、響くカエルの鳴き声、彼の服についたバーベキューの炭火の匂い。何かを忘れかけてしまいそうなほど、その闇は深かった。それは彼も同じだったかもしれない。黙って、二人で海を見ながらタバコを吸った。漂う煙が、二人がここに、この時間に、得体の知れない奇妙な感覚を共有していることを証明してくれそうな気がして。あまり長居すると戻れなくなりそうで、また慎重に山道を走り抜けた。