しとしと落ちる

創作、雑多、日記

 女子高生のとき、好きな男の子の手が少し腰に触れるだけで、そこが熱を持った。狭くておしゃれな雑貨屋屋、女の人が後ろにいることに気づかなくて「こっち」って。夏休みに、教室で一人文化祭の準備をしていたことを思い出す。まだみんなが集まるには早い時間で、一人でひっそりと段ボールにかき氷のメニューを書いていた。あの時間、外で野球部の声がはじけて、吹奏楽部のトロンボーンの重低音が響いていた。雪が少し降るだけで大騒ぎしていたあのころ。感情も感性もすべて研ぎ澄まされて、多感だった。誰と誰が付き合ったとか、エッチしたとか、どうせ忘れちゃう元素記号の暗記とか、かわいくて小さい弁当箱とか。悲しいくらい純粋で平穏で清らかで。蔓延る悪意にも晒されず、なんとなく時間が過ぎていた。

 

  煙草を片手に持ち、夜風にあたりながら今の自分は大人になれているのかと、ふと考える。重い体を起こして出勤して、特に興味もない先輩の話を流して、恋人のためにご飯を作り家事をする。もう十代のようにトキメキも鮮明さも感じられなくなった。でもほんのりと感じる幸福感は嘘ではないと思いたい。

  一度、底辺を漂っていたからこそ、今はどんなに小さなことにも心から安堵する。もしかしたら、十代の頃より柔らかい人間になっているのかもしれない。「もう会うことはないと思っていた」と、男友達が言った。「でもあれから2年は経っているから、もう会ってもいいんじゃないかと思って」見限らずにいてくれて、ありがとう。あの頃の私を知っていても、まだこうして関わってくれているのは、少しずつ私が変われたからだと自惚れてもいいのかな。

  眠りから覚めて今日も絶対生きようって、強く思う。みんな、生きようねって。嘘みたいだけど涙も出ることもある。ああ、昨日を生きたから今日があるって。今日を迎えられなかった人もいるからなおさら。

 

  乾かさない髪はしっとり冷たい。ドライヤーで乾かすの面倒くさいじゃない。ズボラな女になったなと思いつつ、扇風機に頼ってしまう。ただ思ったことを連ねているこの手記に、目を留めている人がいるのだとしたら、それはとても嬉しいことで。