創作と、雑記

 きっかけは、小学5年生の席替えだったと思う。私の隣になった男子は、あからさまに私の机から距離を置いて座った。クラスで発言力のある活発な男子だった。内心、私は彼と隣になれたことを誇らしく思っていた。くじ引きとはいえ、運命が私と彼を結びつけたのだと。しかし、そんな私のばかげた夢は、彼のあきらかな「嫌悪」のもとに粉々に砕け散った。

 周りの子たちは机をぴったりくっつけてるのに、どうして彼は机を離したのだろう。

 そんなことを訊く勇気も湧かず、そして彼はすぐに後ろの男子と話し出したため、機会を逃した。しかし、聞いてしまったのだ。その日の放課後。階段の踊り場で、友達と騒ぐ彼とすれ違うとき、そのうちのひとりが彼の背をたたいて耳打ちした。まるで蛆虫を見るような目で、私を見ながら、「デブが来たぞ」と。

 衝撃だった。

 羞恥心でどうにかなりそうだった。デブ。確かに、平均的な体重より私は太っている。足も遅いし、馬飛びはいつも馬の役だった。身体測定が億劫で、体重計に乗るのが恥ずかしかったし、みんなのスタイルを羨ましいと思っていた。でも、まさか、男子たちから「デブ」と陰口をたたかれるほどだったなんて、思ってもみなかった。

 その日から、私の心が、食べ物を受け付けなくなった。

 大好きだったお母さんのシチューも、近所のパン屋で売られているあんドーナツも、献立を楽しみにしていた給食も、一口を食べることに時間がかかったし、飲み込めず吐き出してしまうこともあった。食べることが嫌いになったのに、頭のなかは食べることへの恐怖と執着でいっぱいになった。苦しいなぁ、と思う時間が長くなって、中学に入学するころには、160センチの私の体重は36キロになっていた。

 

 ここまで書いてやめた。映画を観ながら、だらだらと頭に浮かぶ1シーンを文章におこすのは、時間の浪費だ。平日の昼間に何をしているんだろう。ネイルは禁止なのに、淡いピンクのネイルを塗った。こういうのって、ささやかな反抗のようで好きじゃない。いったい何に対して?といった感じだけど。食べ物を胃にいれて、すぐに吐き出すという行為は、今でもやめられない。これも何か、意味のある行為だったならよかったのに。涙が溢れて、夜が来て、苦しいだけの時間を誰かと共有する、虚しさ。そこに恋人がいてくれているのに、未だに彼との距離が掴みづらい。手に届くところに、孤独があってほしい。

 この文章をタイピングしていると、ネイルが少しはげてしまった。私の内面も欠けたような気がして、思わず「あっ」と声が出る。でもすぐに元から完璧ではないということを思い出して、すぐにネイルは気にならなくなった。

 交流していた友人も忙しくなって、私と会ってくれなくなった。そういうことも受け入れられている。以前は、それすら理解ができなくて、すべて嫌悪感でもみくちゃにして奥歯で噛んで、味のないガムみたいに吐き捨てていた。それでも許されていると思っていたし、私は私だという自己中心的な考えに取りつかれていたからね。でも、今は違う。私は私なりに、自分と向き合いつつあっているよ。だから、嘔吐も耐えられる。この時間は無駄だし、行為に意味はないけれど、それを告白することで私は私を認められる。