創作 「ヒトイキ」①

 

 インスタントコーヒーをスプーンですくうとき、必ずこぼしてしまう。米を洗った水を流すと米も一緒に流れるし、スナック菓子の袋を開けると中身も一緒に散ってしまう。いろいろ不器用なのだ、私は。子どものころから、図工だとか家庭科だとかの教科が苦手であった。ボンドははみ出て指にねっとりついて固まっていく。ミシンも上手に扱えないし、針孔に糸を通すことすら時間がだいぶんかかってしまう。

 不器用なのは手先だけではない。人との関わり方も、本当に不得意で苦手だった。大学生になった今でも、人間関係というものが面倒くさくて、できるだけ避けている。講義もひとりで受けるし、ゼミのみんなと遊ぶこともしない。みんないかにうまく単位を遊びながら取得できるかとか、恋愛のあべこべだとか、美味しくて甘いスイーツだとか、そんなことを楽しそうに話している。退屈だなぁ、と思っちゃう。

 つまらないと思っても、それを表情に出さずにいればいいのに、私はそれもできない。

 すぐに態度や表情に出て、場の雰囲気をぶち壊してしまう。空気が読めないというのではない。「ああ、私のせいで空気が変わった」とはっきり感じ取ることができる。ただ、面倒くさいだけなのだ。その場のノリに合わせなければならないことが。

「映莉のそういうところ、すごく面白い」

 真田純一は同じ大学の男の子で、食堂で初めて知り合ってからなにかと私にお節介を焼いてきた子だ。

 ゼミにも馴染もうとしない私に話しかけてくれたり、大学内でいるとグループから離れて一緒にいてくれたり、それは私にとっては大きな戸惑いでもあったけど、単純に嬉しかった。純一の好意をすっと受け入れて、私たちは恋人同士になった。時間はあまりかからなかった。

 

 純一がコーヒーを飲みたいと言うので、インスタントコーヒーを淹れている。

 ケトルの口からこぽこぽとした可愛い音が聴こえる。湯気が、ほわっとたちこめる。こぼれた粒を手でかき集めて、指を押し付けてゴミ箱に捨てた。

 布団のなかから、もぞもぞと純一が顔を覗かせる。「できた?」と目で訊いてくる。私は頷いて、膝下ぐらいまでの高さの、小さなテーブルにふたつ、コップを置いた。布団から出てきた純一は上半身裸で、下着しか履いていない。私は純一のぶかぶかしたスウェットを借りている。

「こういう朝って、幸せ」

 純一は素直だ。

 自分の気持ちをストレートに伝えてくれる。押し付けるわけじゃなく、すうっと、心に染みわたるのだ。きれいな言葉と、音色。優しい笑顔。私のすべてを受け入れる、細かい泡のような彼。

 昨夜、二週間ぶりに純一と体を重ねた。私の生理が終わって、二人の予定が合う日がこの土日だったのだ。二人とも朝ごはんを食べないので、コーヒーだけの朝だ。

「映莉、なにか映画観る?」

「映画か……。純一のアコギが聴きたいな」

「いいよ」

 部屋の隅に立てかけられているアコギを、純一は指の腹で撫でる。純一は歌が上手い。高校生のころ、バンドを組んでいてよく弾き語りをしていたと話してくれた。私は、休日の遅い昼に、彼の歌声を聴くのが本当に好きだ。

 優しい歌声と、柔らかい音。それをすぐ隣で聴きながら、私はコーヒーを飲む。唇に温かい液体がついて、それを舐めとる自分の舌先がすごく甘いことに驚いた。ああ、いけない。私、すごくいま幸せだ。

「本当に歌手になったらいいのに」

「なれないよ。俺みたいなの、いっぱいいるもん」

 へらっとした感じで純一が笑う。

 趣味にしておくにはもったいないけれど、歌手になってこの声が商品になるのは惜しい気もした。私だけの宝物だから。

 

 不器用な私もひとつだけ得意なことがある。色の配色とか、デッサンとか、絵の構図とか、そういったものを考えるのは好きだった。美術の先生からよく絵を褒められていて、自分でも好きなことをずっと続けていきたいと思った。

 高校も美術科に進んで、大学も美術学科の油画コースを選んだ。絵具を出しすぎたり、水が跳ねてしまったりすることはあるけれど、丁寧に自分の絵と向き合う時間は心が落ち着く。授業料や画材やらにお金はかかるけれど、両親は一人娘の私を愛していたので、全額出してくれた。