創作 「演じられた夜」🈡

 

 僕と同じぐらいの背丈の男が、今、僕の上に覆いかぶさっている。襲われているわけじゃない。合意の上で、だ。きれいな顔立ちの男は、ウィッグを被れば女性と間違えるほどで、ラブホテルに難なく入ることができた。女性の恰好をしているけれど、彼はべつに僕を抱こうという思いはさらさらない。それは僕も同じだ。僕たちはゲイではない。じゃあ、どうして野郎二人でここにいるのか。それは、僕たちの奇妙な友情を証明するためだ。

 相手の思いに共感し、自分の思いを共有してもらうこと。

 それが僕たちの友情だ。

 この男が僕に求めたのは「温もり」だった。

 やたらと人気と評判の良い男だが、その実はただの愛情不足な子どもだ。それに気づいたのは今まで僕だけだったという。完璧に表の自分を演じている男に、「いつまでその作り物の笑顔を見せているんですか」と尋ねると、バリバリと皮が剥がれていった。最初の方こそ拒絶されていたが、だんだん信頼される始末となった。ちょっと図星を突いただけなのに。

「俺が8歳のとき、お母さんが飛び降りたんだ」

 彼の生い立ちはとても悲惨なものだった。

 両親の離婚で父親は物心つく前におらず、母親と5歳離れた姉と暮らしていた。その生活自体は幸せだったそうだが、彼は母親の微妙な異変に気付いていたという。

「気づいていなかったのは、月子さんだけだと思う」

 彼の姉は、母親の自殺によって心を病んでしまい、精神科に通院していた時期もあったらしい。そんな姉を見て育った彼は、もう一度あの幸せな時間を取り戻さなくては、と誓ったらしいのだ。

「健気ですねえ」

 笑える。

 話を聞きながら、僕は面白いキョウダイだなと思った。その姉である月子という女はどうしても好きになれなかったけど。自分を壊すことで自分を保とうとするなんて、どう考えても時間の無駄だ。

 男がゆっくりと僕の首筋に顔を近づけて、ちゅっと吸った。

 きれいな男なので、同性に触られると思っても嫌悪感はなかった。

「お母さん……」

 この男はとても哀れだ。僕に抱きしめられながら、頭を撫でられながら、遠い昔に消えた過去に逃避している。姉の思いも背負いながら、心の開放を望んでいる。姉の前で泣いたことは一度もないという。涙が、流れないと。

「じゃあ、僕が泣かせてあげます」

 僕が彼に求めたのは「服従」だった。他人を支配したい思いがある。こんなきれいな男を自分に従わせることは、僕にとって光栄なことだった。ひどくしない。痛いこともしない。恐ろしく間違っている方法で姉との世界を作り上げている男を、ただ、愛する。

「僕の前では演じなくていいから」

 弱くて脆い、薄っぺらい人間でいい。

 それを許される心地よさを、この男は味わっていないのだ。

「月子さんは、この友情の在り方を受け入れてはくれないでしょう」

 囁くと、びくりと肩が震えた。

 空野、と小さく男が僕を呼ぶ。

「今、その名前を言わないでくれ……」

「罪悪感で死んでしまいそうになるから?」

「忘れたいんだ。今だけは、僕は、演じなくていい」

「遊びのなかで月子さんを殴っていたじゃないですか。あんなふうに、遠まわしにストレスを発散したって、あなたの心が荒むだけだ」

「うるさい」

 明日実が、低く唸る。

 

「あの夜の僕は、ただ演じていただけだ」