創作 「心のすきま」⑥

 

 いつのまにか眠ってしまったらしい。

 時計がなかったので、窓の外を覗き見た。夕暮れだった。

 自分の体に布団がかけられていた。淡島がかけてくれたのか。彼はどこに行ったんだろう。耳を澄ましても、さっきまでの料理の音は聴こえない。料理ができて私を呼びに来たけど、眠っていたので声をかけないでいてくれたのだろうか。しばらくボーッとしていると、この部屋に私だけが取り残されている感覚がして、少しだけ胸がざわつく。

 そうだ。淡島の家にいるんだ。ここで寝たり起きたりするのだ、これから。

 色々と話さなければならないと思った。淡島と。今は何も考えたくないと思っても、そうはいかないだろう。よくわからない年下の男にくっついてきてしまって、彼が何者かもよくわからないまま暮らしていくのは、人生を甘く考えすぎだ。

 だんだんと頭がはっきりしてきて、大丈夫なのか私と自問自答する。

 28歳でヒモ女のようなこの現状に、今度は押しつぶされそうになってしまいそうになる。ヒモ女のような……というか、まるっきりヒモ女ではないか。甘えてしまってもいい相手なのかどうか、淡島と話さなきゃ……。

 部屋を出て、襖が開いているアトリエを覗いたけれど、誰もいなかった。そっと歩いても軋んでしまう廊下を渡り、さっきまで淡島が料理をしていただろう台所に向かう。テーブルの上にはラップをしたひじきの煮物と、小さい鍋の中に冷えたみそ汁があった。私のために用意されている料理。子どもの頃を思い出す。父の作った野菜で料理上手な母が腕をふるい、食卓にはたくさんの小皿に色とりどりのおかずが乗っていた。「柊花ちゃんちって、本当に体にいいものが並んでいるよね」と、止まりにきた友だちがわくわくした表情で言っていた。野菜の仕送りを断ったのは、一人暮らしではあの量を食べきれないことと、料理をすることが面倒になってしまったことと、健吾と食べる外食のほうが美味しかったからだ。

「起きたの」

 声がして振り返ると、淡島が立っていた。煙草の匂いが微かにした。

「よく寝ていたから起こさなかったけど。昼間は暑くても、夜は冷えるから。勝手に部屋に入らせてもらった」

「布団、ありがとう。それに食事も作ってくれたのに」

「それはいい。温める」

「私、本当にきみにお世話になっていいの?」

 淡島は何を今さらといった顔をして、冷蔵庫から麦茶を取り出し、ペットボトルからそれを直接飲んだ。

「あんた、俺に誘拐されたようなものだから。べつにいいんだよ」

「美也子から私の何をきいたのかわからないけど、私はきみのことを知らなさすぎるから」

「俺に対しての不信感で胸がいっぱい?」

「不信感ではないのよ。ただ……きみは私のことを、美也子からきいている情報以上に、よく知っているような気がするの」

 椅子に座ると、コーヒーを出してくれた。向かい合わせの椅子に座り、淡島は子どものような瞳で私を見つめた。どこか期待しているような目線。期待をしているとしたら、一体何に?

「そりゃ…俺は芸術家だからあんたのことを想像したり、客観的に見たあんたの印象をイメージしてこういう人間なんだろうなって思ったりするさ」

「私は、きみの目にどういうふうに映っているの?」

 コーヒーを飲んでも喉が渇いていた。痩せて目の下にクマができている、アラサー女は、この若い男にどういうふうに思われているのか。

「きれいだよ」

 照れることも隠すこともなく、嘘ではないかと疑問を持つ間もなく、即答で彼は答えた。

「きれいだと思う」

 彼の瞳から子どもっぽさは失われていた。