こういうのって

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 職場も友も祖父母もみんなが私のことを心配している状況に、正直に言うと、慣れないでいる。今まで、私のこの現状に対して心配されたことがない、とまでは言わないにしても、ここまで「死んでしまいそう」「失踪しそう」「生気がない」などと口をそろえて言われたのは初めてだ。

 というか、新鮮。憂鬱な気持ちは変わらないけど、ここまで配慮されて、気遣われて、心配されて、手厚くされて、相談にも乗ってくれて、傍に居てくれる。

 この状況が、もう少し早く訪れていたら……と思ってしまう。私がまだ小さな子どもだったあのときに、誰かが、私の家に微かに漂う違和感に気づいてくれたなら……。後悔というか、どうしたらよかったのかなぁとか、色々と考えてしまうけど、どれほど考えても辿り着く結果は絶対に一緒で。そして私は今も途中退勤でこうして家に引きこもってパソコンを相手に誰かに問いかけている。

 こういうのって、誰にでもありうることだよね。

 不幸とか幸せとか、そういうの、本人にしかわからないんだから。私は私を不幸とは思わないけど、もし、私がほかの誰かで、私みたいなやつを見たら「変なやつ」って思っちゃうかな。

 とりあえず、苦しいことも悲しいこともみんながあって、乗り越えられるかどうかなんてその人次第なんだから。周りがどうにかしようとして動いても、けっきょくは、本人が変わるか変わらないかが一番大事だと私は思うよ。

 

 私は少しでも前に進めたらいいなって思う。だから、職場から自宅まで歩いて帰る途中、怖いけどいろいろなものを見てみる。彼岸花の赤が綺麗で、座り込んでアイフォンのカメラを向けた。犬の散歩をしていたおじさんがこちらを見て、少しだけ不思議そうな顔をする。ぺこりとお辞儀をすると、むこうも返してくれた。

 

 かける言葉が見つからないのって、私にはよくあることなの。

 相談を持ち掛けられても、どういう返事をしたらいいのかわからない。綺麗な言葉も気の利いたお世辞も否定的な意見も持っていないので、ただ、無言になってしまう。抱きしめる力も、守り通せる自信も、責任も、なにもない。

 無力だから。

 私の弱さが綺麗な赤に塗りたくられそうだ。

 

 

「お父さんとか死んだら悲しいやろ」

「想像ができないね。だから、今は答えられないな」

「私は、そういうのすぐ考えちゃうんよね。お父さん、とかは無しにして」

「僕がいなくなったら?」

「寂しいやろうけど、きみがおらん毎日を想像しとるけん、大丈夫や」

「あら、そう」