身近にある

 4か月ぶりに友人と会った。彼女と知り合って、もう7年にもなる。見た目も中身もまったく変わっていない彼女に会うことで、目まぐるしく変化していった自分の周りの環境、そして自分自身の状態が、ぜんぶ無しになった気がする。安心するのだ。どれほど苦しいことがあっても、周りが巻き込まれていっても、その子はいつも安定している。落ち着いている。まとっている雰囲気もぶれていない。自分をちゃんと持っているから、芯が強いのだ。

 私の話を聞きながら、彼女は冷静に、言葉を選んでいく。声をかけるタイミング、内容ですら、彼女は自然に気を遣ってくれているのだ。もっともそんな自覚、本人にはないのだろうけど。

 

 私のことばかり話してもつまらない。友人の4か月の話を聞きたい。でも、友人は生まれてこの方色恋沙汰に無縁だし、処女だし、どちらかというと遊びを苦手とする、真面目な子だ。予想通り、「私は何もなかったんだけど」と前置きしたあと、また言葉を選ぶように空白の時間が生まれた。

 そして、数秒後、「仲良しのグループの子が、亡くなったの」と言った。私は特に驚きもせず、「ああ、そう」と返事をした。不幸なことなのだが、私の周りはそういう話題が尽きない。亡くなっただの、襲われただの、死にたいだの、病院だの、非行だの、薬だの────。

「自殺だったの」と言う。自殺。これも私の身近に起きたことがある。この春も知り合いが一人、自ら命を絶った。「よくわからない。どうして死んじゃったのか、本当にわからない。よく死にたいって言っていたけど……冗談っぽかったし」躁鬱だったのかもしれない、と彼女は付け足す。周りがもっと気づいてあげれば、と彼女は悔やんでいた。助けられたかもね、と。

 

 べつに、しんみりしたわけじゃない。友人は、淡々とクラスメイトの死を受け入れているだけだ。就職活動が落ち着いたら、その子の実家に行こうと思っているらしい。その子に会うために。