ひとりだし

 アパートに住んでいる住民を、まだ一度も、ひとりも見かけていない。ベランダに吊るされた洗濯物、停めてある車、投函されはみ出しているチラシが、私以外にもこのアパートに人がいるということを決定づけている。

 

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 生活音が聴こえるたび、やっぱりほんの少しだけビクリとする。体に緊張が走る。ひとりの生活は楽だし、自由だけど、22年という歴史は絶対に消えたりしない。だれを恨むわけでもないし、だれも悪くはない。逃げなければ、目を逸らさなければ、自分がおかしくなってしまう。保身のために他者を犠牲するのは、あるいは何かをあきらめなければならないのは、当然のことだから。

 

 セックスをしているとき、恋人の汗ばんだ背中にペタリと手を這わせる。白くてきれいな彼の背中。スポーツをしている彼の体は細くて、ひきしまっていて、彫刻のようで。舌で、鎖骨から、首筋、頬まで舐め上げる。くすぐったいのか、おでこを撫でられてそれを制止し、彼はより動きを速める。

 終わったあと、眠るか、何事もなかったかのように「お腹すいたね」と会話が始まる。二人で出かけたり、美味しい物を食べたり、セックスしたり、映画を観たり。素直に幸せだと思えばいいのに、私はいまだに幸せに浸るのが辛い。苦しくなって、なにもかもぶち壊して、相手も自分を傷つけて、ぜんぶ無しにしてしまえと思う。冷静な今だから、あのときこういう感情なんだと考えられるけど、辛いときはぜんぜん、頭が回っていない。

 

 だれか、気づいてほしい。本当はぜんぜん大丈夫じゃないんだよってこと。苦しくて寂しくて辛くて死にたくて涙が止まらないってこと。「辛いことがあったら言って」って言われるから言うけど、でも言ったところで私は所詮ひとりだし。

「理解はできないな。想像はできるけど」