可能性

 

  蝉の鳴き声で彼の声が聞こえない。何度も聞き返すのも面倒くさくなって、わかったふりをして適当に笑って頷く。

  容赦なく照りつける日光にジリジリと肌が焼かれていく。嫌なので日焼け止めをしているけど、どうしても日焼けをしてしまう。それなのに「首焼けてるね」と言われたので、少しだけ憂鬱になった。わかってるから。

 

  一人暮らしが始まるにあたって、ありとあらゆる可能性を考えてしまって、余計に眠れなくなってしまった。

  可能性というのは、私をとりまく環境の変化と、私自身の変化のことを指す。何をするにしても変化はつきものだけど、それがどういう結末に絡んでいくのか、考えなしに行動するにはあまりにも駆けすぎるのだ。

 

  どうして一人暮らしをするのか。

  単なる自立と言えばそうなのだけど、私個人の理由として、その「自立」という言葉ではいろいろ補えない部分がありすぎる。

  苦しいのだ。

  誰が悪いとかそういうのではない。でも、じゃあどうしてこんなに苦しいのか、理由が全くわからない。原因はどこにあったんだろう。きっかけはいくらでもあったのに。

  同じ家に住んでいたのにお互いのことが、わからないまま、理解もないまま、「逃げ」という形で私は出ていく。そうでもしないと、私は本当におかしくなる。

 

「殺してしまいそうやったねん」

「うん」

「腕、噛んでな。痛いやろ?痛いけん、私でおれたんや。正気でおれた」

「うん」

「テレビのニュースでいいよる事件が、まるで私のことみたいに思えてくるねん」

「うん」

「ああ、ほんまにやってしもたって…それでパニックになんねん。もう、おかしくなる」

「うん」

 

 

  一気に引き戻されるあの感覚が未だに苦手だ。自分の胸にぽっかりと空洞があるみたいな。どんなに街を徘徊しても、無茶な騒ぎ方をしても、現実味がない。常に足がふわふわ地面から浮いているような感覚。

  ちゃんと立たなきゃダメなんだけどね。