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たくさん食べてたくさん吐いてしまう。美味しいと笑っているけど、トイレに行く前にウーロン茶をごくごくごくっと勢いよく飲んで、席を立つ。帰ってくると両目が少し潤んでいて、鼻水が出ている。誤魔化すつもりで手が野菜に伸びた。しんなりしたキャベツ。…

少しずつ

繊細に織り込まれて、少し間違えたのか妙なところに皺のあるところを見ると、なんだかくすぐったい気持ちになった。細かいのに大胆で、丁寧。今まではこの待合室で、こういうところをじっと見ようとする余裕なんてなかった。苦しい気持ちは今でも消えないし…

創作 「ヒトイキ」①

インスタントコーヒーをスプーンですくうとき、必ずこぼしてしまう。米を洗った水を流すと米も一緒に流れるし、スナック菓子の袋を開けると中身も一緒に散ってしまう。いろいろ不器用なのだ、私は。子どものころから、図工だとか家庭科だとかの教科が苦手で…

とびきりの休日

休日はとびきり自分を甘やかしておきたい。美味しいものを好きな人と一緒に食べて、眠たいときに寝て、すっきりと掃除をして、甘いものを食べる。それだけで心が安らいで、満たされた感覚になる。いや、感覚じゃないな。実際に満たされているのかもしれない…

あんまり考えないようにはしている。これからのこと。考えたってわかるはずないもの。深夜のカフェでタバコを吸いながら、甘ったるいバナナジュースを飲んだ。眠気がピークにきていて、よく覚えていないけど、隣の男の子たちが好きな女の話をしていて、可愛…

幸せになれるように

逃げずに戦えという人と、逃げてもいいという人がいる。 他人からアドバイスをもらうときによくあるのが、人によって意見が正反対であること。その人の人生経験や過ごしてきた環境によって、導き出される答えが全然違うものになる。それはしょうがないことな…

創作 「演じられた夜」🈡

僕と同じぐらいの背丈の男が、今、僕の上に覆いかぶさっている。襲われているわけじゃない。合意の上で、だ。きれいな顔立ちの男は、ウィッグを被れば女性と間違えるほどで、ラブホテルに難なく入ることができた。女性の恰好をしているけれど、彼はべつに僕…

創作 「演じられた夜」④

「月子さんは恋人を作る気はないのですか」 「ないわね」 明日実がバイトに出かける夕方の7時。それとほぼ入れ違いに、空野くんが訪れる。明日実と空野くんは大学でずっと一緒なのだそうで、家に訪れるときぐらいは、私と話していたいのだそうだ。これは明日…

創作「演じられた夜」③

「空野くんは女の子をよく勘違いさせているのではない?」 バイトから戻った明日実がシャワーを浴びるのを待って、私は声をかけた。空野くんはニコニコしながらこちらを見ている。 「こいつは、気に入ったやつにしか興味を持たないからなぁ」 「あら。私のこ…

雪は積もらない

SNSやテレビで、雪がたくさん積もっている映像や写真を見るたびに、白い景色が本当にあるのだろうかと不安になる。だって外をいつ見ても、目に飛び込んでくるのは硬いアスファルトの地面ばかり。寒いだけの冬。指先が冷えて、触れられるたびに「どうしてこん…

創作「演じられた夜」②

明日実が産まれてすぐに父と母が離婚した。 母はまだ幼い私と赤ん坊の明日実を連れて実家に帰り、スーパーのパートをしながら私たちを育ててくれた。一生懸命に働く母を私と弟は尊敬していたし、祖父母も優しかったので、なんら不満などはなかったし、父親が…

創作「演じられた夜」①

もうすぐで彼が帰ってくる。 秒針が進むたびに私は身構え、深く呼吸をする。古いアパートの外階段から、誰かが上ってくる音が聴こえて、扉の前で止まる。ガチャガチャと鍵を開けて、彼は「ただいま」も言わずに慌ただしく入ってきて、部屋の奥でうずくまる私…

待ち時間

診察の、自分の番が来るまで、私は水槽の中で泳ぐ熱帯魚を見たり、隣でひどく貧乏ゆすりの激しいお姉さんの、履いているヒールのつま先に視線を落としたり、精神科という、日常に溶け込めなくなってしまった、あるいは自分の世界に閉じこもってしまった人た…

あなた

おつまみにしていたお菓子が辛すぎて、ひとりで酎ハイをグビグビ飲んでいたら、ふらっと立ち眩みがして、そのままトイレにこもることになった。さんざんである。元からお酒は弱い方なのに、半ば正月気分で浮かれて自分を奮い立たせたのが間違いだった。胃の…

謹賀新年

お正月らしいことといえば、お餅やうどんを食べたり、黒豆をつまんだり、ということぐらいしかまだしておりません。参拝もおみくじもまだしていなくて、ずっと家に引きこもっていますが、べつにかまいません。 あけましておめでとうございます。 今年もよろ…

個人的に今年の漢字は

恋人に「今年の漢字はなんですかね」と訊かれたので、数秒ゆるく考えた答えが「濃」だった。濃い。濃ゆい。とても濃くて激動で自分的に成長したのかどうなのかよくわからない。でも春ぶりに会った友だちに「なんだか元気になったね」と言われたので、もしか…

本音

クリスマスが終わって、ほっとしていたら、もう年末が迫っていた。クローゼットの中を整理したり、普段は見過ごしがちな排水溝の掃除をしたり、埃を掃除機で吸ったりした。祖父母と恋人からいただいた、たっぷりの野菜と柚子があるので、年越しうどんやお漬…

あったかくして

冬の朝、鋭い日差しで目がくらんだ。目の奥がじんじんするので、カーテンを閉める。煙草を部屋で吸うのが嫌なので、ベランダで吸おうとしたんだけれど、寒さと眩しさであきらめた。お味噌汁を作って、出汁の風味が少し強いので次は直そうと思い、メモに「出…

創作 「心のすきま」🈡

べつに他人の生活をとやかく言う趣味はないけれど、あれは正直、いただけないと思う。 誰がどう見たって、ハッピーエンドでもバッドエンドでもないからだ。かといって終わることもなく、始まってもいない。何もなく、淡々と日常が過ぎていって、気づけばみん…

創作 「心のすきま」⑬

玲子さんと別れたあと、家に戻ってシャワーを浴びた。この季節、湯船にお湯を張らないと寒くてすぐに体が冷える。早々に出てバスタオルで体を拭いていると、固定電話が鳴った。下着を身に着けて素早くスウェットを着て、慌てて子機をとる。電話の音で柊花が…

創作 「心のすきま」⑫

電話を切ったあと、俺は家の周りを軽く歩いてみた。 空気が澄んでいて、星が良く見える。歩みを進めるたびに落ち葉を踏む感触が伝わってくる。鮮やかな紅葉が闇に包まれていて、息を深く吸うと木の匂いがした。街灯などない。遠くにある村田さんの家にぽっつ…

ミルク

ミルクを温めて、くつくつ煮込んだら、一杯のインスタントコーヒーをコップに入れてそこに注ぐ。ハチミツを入れて、くるくるスプーンでかき混ぜる。この、スプーンとコップのかちゃかちゃという音が、甘く聴こえる。板チョコを少しずつ食べながら、ミルクを…

泳げない

優しくされてもどうしてこんなに渇きを感じるのか。周りに恵まれてこれ以上ないほど幸せだというのに、どうしてこんなに息がしづらいのか。大事な人を傷つけて自分が自分でない感じがして、世の中をうまく泳いでいけない。私よりもっと辛い状態にある人、辛…

眠れない

眠れないときと、眠れるときの差がすごい。眠れるときは、自分でも気づかないうちに寝ていることが多くて、いつのまにか朝になっている。アラームを夕方にセットしておくので寝坊などはないけれど、それでも時間が一気に流されていった気がして、憂鬱になる…

創作 「心のすきま」⑪

「柊花は大丈夫なの?」 電話越しの美也子さんはとても不安げだった。俺とのことが知られたとメールをすると、すぐに電話がかかってきた。用事があって出られなかったので、気づいたときには着信が7件もきていた。 柊花の部屋の電気が消えたことを確認して、…

ひとりを楽しむ

恋人ができて、なんだか一人の孤独な時間がだんだんなくなっているので、あえてラインの通知を切っている。無性に寂しいくせに、どこか孤独を感じている自分を嫌いになれないので、たまにはそういう時間を欲する。そしてそれは悪いことではないと思う。恋人…

創作 「心のすきま」⑩

昔から、柊花は辛いことがあっても「しょうがないね」と笑うことが多かった。 林に目立たない部位を痛めつけられても、罵詈雑言を浴びせられても、「彼は弱い人だから」と言って、へらへらしていた。周りのほうが見ていて苦しくなるぐらい、健気でバカで一途…

冬と恋

外の空気が冷たくて息がしづらい。鼻の頭が痛くなって、呼吸をするたびにツキンッとした鋭い刺激が走る。追い風が吹いて自転車は一向に前に進まない。もう前なんて見ずに後ろを見ていたい。それではダメなのか。 冬を誰かと過ごしたことは、実は今までに一度…

こぼれおちたタルト

上手にのせようと思ったのに無理だった。あわわわってなって、落っことしそうになった。二人で美味しいねって食べたけど、小さいからすぐになくなってしまった。

気持ち悪いんだよ

別れた男が好きだった曲を聴いても、愛しさとなつかしさが溢れたら、自分は前に進めていると思う。鈍い痛みを感じなければ、あるいは余裕をもってその曲を聴くことができれば、もうきみは大丈夫だと思う。 恋人ではない男とセックスして、お互い合意の上で肌…