雨が続く

 

 今週はずっと雨なんだって。

 せっかく仕事から帰ってランニングをしようって思っていたのに。なんだか予定も狂っちゃって、ほんの少しガッガリ。

 だけど、雨の日に聴く音楽とか観る映画っていいね。雨だからっていう理由で家に引き込まれるし。無理に外出をしなくてもいい。窓を閉めてこの世界を独り占めしてしまえばいい。

 

 自分じゃどうにもならない感情ってよくある。だれかにぶちまけたり発散させたりできる環境が、かえってダメになることも。

 22歳で、仕事もして、恋人もいて、少ないけど友だちと呼べる人もいる。

 なのにどうしてこんなに苦しいんだろう。これが私の人間性というか、根本的なものだから仕方がないのかもしれない。それを言われると、返す言葉がなくなるけれど、そのまま「しょうがないか」で受け入れたくない。

 満たされているのに、苦しい。

 満たされているから、苦しい。

 他人に興味がなくて自分のことばかり気になってしまう。自分ってどんな人間なのか全く未だに把握できていない。いろいろな自分がいて、いろいろな面があって、それらがバラバラになってしまうような感覚。それら全部で私なのに、深い混乱を招いてしまう。

 

「何気なく言ったときの、その言葉の節々に含まれた奥深さが好きだ」

「たまにこっちがドキッとするようなことを言う。本当にきみの言葉なのか疑うぐらいの」

 

 そう言われて嬉しい。薄い会話も楽しいけど、自分が丁寧に選んだ言葉を受け止めてくれるのも、こちらとしては有難い。

 私は、もう強くないから。たったそれだけの褒め言葉で、涙を流してしまう。

 コンビニでレシートをクシャッと丸めた私に「もしよろしければ、レシートもらいますよ」と言ってくれた店員がいた。それだけで、私は涙が溢れそうになる。ありがとう、とお礼を言った。少し触れた手。外に出て土砂降りの雨に濡れながら、私の行き場のない「苦しい」気持ちも、どうか洗い流してほしいと思った。傘はあえてささなかった。なんだか、濡れたい気分だったのだ。

 

なにが好き?

 私は、化粧をしているとき、ごはんを食べているとき、こういう日記を書いているとき、必ず小さめの音量で音楽を流している。べつにしっかり聴きこまなくてもいい。歌詞の意味とか浮かぶ情景とかを考えているわけじゃない。日常を少しだけ彩るために流している。でも、この選曲は私的にとても重要で、間違えれば昔を思い出して鬱になったり、変にハイテンションになったりと、心が忙しくなる。なので、なるべく思い出になっている曲(たとえば前の恋人の車でよく流れていた曲や、亡くなった友人から勧められた曲など…)は除いている。

 最近はもっぱら洋楽。Ed Sheeran、maroon5、Sia、Justin Bieber……etc。あと映画「Burlesque」で歌われている曲も。音楽は昔から好きだけど、洋楽を聴くようになるとは思ってもみなかった。静かなのもいい。咀嚼する音、ポーチを開ける音、タイピングの音……。でも、静けさに飲まれると孤独を感じるときがある。そこに音楽があるかないかで、気持ちの持ちようは多少なりとも変わってくる。少なくとも私は。状況は一変しない。でも音によって生活に彩りが加わるのなら、そっちの方がいい。英語で歌われる彼らの曲の意味を、自分からすすんで調べようとはあまり思わない。あくまで曲調、雰囲気が好きなのだ。でも、ひょんなことから歌詞の意味を知って、「これってこんな曲だったのね」と驚くことがある。しっとりしているのに刺激的なことを言っていたり、派手なのにピュアなことを言っていたり。歌詞そのままの雰囲気で曲を作ると照れくさいのかしら。

 

 余談ではあるけれど、周りの人間と好みが合うのってよくあることだ。好きなアーティスト、好きなお菓子、好きな男のタイプ、好きな映画……。相手と初対面のときは「なにが好き?」と、その人の好きなものを知ってから、その人を知っていきたい。好きなものを否定しない。もちろん、そんなこと誰ができるだろう。ときどき周りが驚くようなことを好きだと公言する人もいる。アブノーマルな性癖だったり、ちょっとしたフェチだったり、法的に触れる物事だったり!否定をしないように努めているけれど、理解はできない。「それでいい」と彼らは口をそろえて言う。「きみに理解される理由がないからね。それに、理解されなくても、きみとは友だちでいられる」素敵な彼らはフリーであり、ひとりを好む。大勢が嫌いなわけじゃない。でもたまに疲れるのだろう。みんな疲れている。「なにが好き?」「土曜日の夜」。

 

怒り

 雨の匂いがする。今日の朝、自然に目が覚めて、雨粒が地面に叩きつけられる音に、少しだけ憂鬱になった。雨は嫌いだ。出窓を網戸にしていたので、雨で濡れている。表情を変えずにタオルでそれを拭いて、洗濯機に放り込んだ。朝ごはんをモソモソ食べながら、壁に貼られたカレンダーを見て、今日が水曜日であると認識する。一週間が目まぐるしく過ぎていく。明日は木曜日か……と、まだ今日が終わってもいないのに考える。

 仕事は一瞬で終わる。もちろん仕事中は「まだお昼か」と思うことが多々あるけど、終わってしまえばあっという間なのだ。帰りも雨が降っていた。ああ、ラーメンが食べたいと思ったけど、疲れていたのでそのまま家に帰った。家に帰ってもラーメンが食べたかった。誘惑に勝つ。明日は、ラーメン食べようかな。

 昨日「怒り」を観た。ずっと気になっていたけど、映画館には忙しくて足を運べなかった。DVDを借りて、じっと見ていた。始まりから終わりまで、どこか薄暗く、灰色で、鬱々とした雰囲気があった。殺人事件をきっかけに物語が始まるからかもしれないが、観ていて気持ちのいいものではなかった。出演者の演技力に飲み込まれていく感じ。私の大好きな池脇千鶴さんも出演していたけど、いい姉御肌の役だった。個人的に広瀬すずさん役の幅が広がったと思う。彼女は、感情を爆発させたり、虚ろで怠惰な日常を送ったりする役も適任ではないのかな。

 愛子役の宮崎あおいさんが31歳だと知って、驚愕している。まだ十代のような若々しさ。私も髪の毛を愛子のように伸ばしてサラサラにしたいと思った。そして前髪はざっくり短め。容姿もそうだけど、愛子はとても純粋でそれゆえに不安定なところもあって、「どこか普通ではない男の人じゃないと、自分と一緒にいてくれない」みたいなことを言い出すから、心配になってしまう。折れそうな体だった。体温があるのかと疑いたくなるほど、冷たくて白い肌だった。

 見終わったあと、すぐに布団に入って眠りについた。気分は落ち込んでいた。朝になると、雨が降っていた。ああ、雨。「雨の日は嫌い」。

今日

 仕事から帰って、重い体を引きずりながら、シャワーを浴びる。暑いなかずっと外にいたので、肌が赤くなっていた。冷水をかけると、一瞬、息がとまって冷たさに体が慣れるまで待つ。そのあと体の力を抜く。

 パンツだけ履いて、布団に倒れ込んだ。疲れがどっと押し寄せて、緊張がほどけて、すぐに深い眠りについた。一度か二度、目は覚めたかもしれない。夢はみなかった。ラインの通知音が鳴っていたので、体を起こそうと思ったけど、無理だった。暑い部屋のなか、さっき冷ました体がまた熱を持つ。

 髪が長いので切ってしまおうと思った。短大までの頃、ずっと短かった。そのとき付き合っていた男が「長いのもぜったい似合う。可愛いと思う」と言ってくれたので、そこから伸ばしている。もう彼とは連絡をとっていないけど、長い髪が気に入っているのでそのままにしている。美容院に行くのが面倒くさいという理由ではない、けっして。美容院で髪を切ってもらって、鏡のなかの自分に笑いかける。ああ、やっぱり髪の毛ひとつで人間って雰囲気が変わるんだなと思った。ちなみに、私は他人の変化に疎いので、前髪を切ったり、少しパーマをあてたりしたぐらいでは、めったに気づかない。周りのだれかが「ねえ、切った?」というのを聞いて、気づく。

 でもいざ自分が髪を切ると、だれかに気づいてほしくなるものだね。そこから自分へのご褒美としてカフェでゆったりとご飯とお茶をして帰った。部屋に戻って映画を観る。今日はユージュアル・サスペクツ。前までは邦画が多かったけど、最近は洋画ばっかり見ている。今の恋人の影響なのかもしれない。

 

 

朝の幸せ

 出勤をする1時間前には必ず起きる。

 起きてすぐにすることは、ツイッターやインスタグラムの徘徊。昼夜逆転の生活をしている者や、ニート、心になんらかの病を抱えている者、お洒落な毎日を送る者。私が好んで生活を覗き見しているだけ。もっとも、SNSにある生活が本当の彼らの送る日常であるとは微塵も思っていないけど。

 ああ、彼らも生きているのだから、私も仕事に行かなきゃな~…とぼんやり考えながら、朝ごはんの用意をする。私はきまって、朝はフルーツグラノーラにヨーグルトをかけていただく。たまにスープか、パンがつく。そして豆乳か、コーヒーも飲まないといけない。自分できちんと決めて、自分で用意するということが、私にとって一日を始めるために重要なことなのだ。

 

 音楽をかけて(それこそ洋楽が多いけれど)、読みかけの小説を開く。本を読みながら食べるのはお行儀が悪いと思うけど、ひとりの部屋でそれを指摘する人間はいない。ゆっくり食べながら、小説を読む。それだけのことで、幸せだなと感じる。

 30分経ったら、歯を磨いてお化粧をして、服を着る。人前に出る仕事なので、ある程度の身支度は必要だ。どの角度から見ても完璧な自分でいなければいけない。あくまで社会人として完璧な人間でなければ、信用問題になる。身なりには気を付けているけど、このときにも、毎日出勤してお金を稼いで社会貢献もしている自分という、自身の価値を高めている習慣である。

 清潔で誠実な恰好をして、出勤する。

 社会人として生きている自分に、やりがいを感じる。ちゃんとお風呂に入って、歯磨きをして、髪の毛も乾かして、書類をして、好きな映画を観て──。そんなことの繰り返しが、人間として生きていることに繋がっていくんじゃないかな。

 それをかみしめることができる朝が、私は好きだ。朝が来ないでと思うこともあるけれど、憂鬱なのはそのときだけで、いざ一日が終わってしまえばどうってことない。

 自分がこの世界に必要とされている。だれかに影響を与え、また影響を受けている存在であることを実感するほど、自分もこの社会の一部なんだなと思う。その一部に溶け込む一日の始まりは、私にとって今日を生きるために必要な時間だ。